65話
カリは特異な魔物と戦った村を出ると、街道に沿っての歩き旅をすることにした。
お尋ね者の魔法使いではあるものの、目的地はない旅だ。
カリは気ままに歩みを進めていくことにして、なにか出来事に出くわしたら流れに身を任せようと決めた。
そんなお気楽な気分で旅をしていき、二日が経過した。
その二日の間は、街道上にある休憩場所で他の旅人と会話したが、その会話も雑談で新たな情報が得られたわけではなかった。そしてそれ以外に、特筆するべき出来事にも出くわさなかった。
「さっきの休憩場所での会話から、あと二日ほど歩くと次の村があるらしい」
歩いて二日なら、走れば一日、魔法で瞬間移動を連発すすれば四半日以内には到着することが出来るだろう。
しかしカリは、急ぎの度じゃないしと、ゆったり歩いて移動することを選んだ。
たらたら歩きでしばらく移動していくと、視界の先にあるものを見つけた。
「横転した幌馬車?」
街道脇に横倒しになった馬車があるが、その横を旅人や行商人が通過していく。
他の人たちが関心を寄せていないことを見るに、見慣れた光景なのか。それとも横転した馬車への対処は、無視することが世間の常識なのか。
カリは、どう対応したものかと考えてから、興味本位で横転している馬車に近寄ってみることにした。
「この幌馬車は真新しいものに見えるけど?」
この馬車の近くに、馬の死体はない。つまり横転した幌馬車から、馬は助け出されたことになる。
そうなるとますます、どうして幌馬車が放棄されているのだろうと疑問が沸いてくる。
カリは幌馬車の中を調べてみることにした。
幌馬車の中には、人の死体はなく、いくつかの荷物だけが残っていた。
しかし荷物にしても、壊れた木箱だったり、割れた陶器だったり、潰れて腐臭を放つ野菜だったりと、商品にならないものだけのようだった。
無事な荷物が一つもないのを見るに、無事な荷物は運び出されたのだろう。
「この馬車の持ち主が他の馬車に移したのか。関係ない人が奪っていったのか」
どちらにせよ、この馬車の中身を見れば、他の村人や行商人が無視して横を通り過ぎる理由が分かる。
彼ら彼女らは、馬車の中にロクな物が残っていないことを知っていたのだろう。
「横転した現場を見たとき以外は、横転した馬車には荷物が無くなっているって考えるべきなのかもね」
カリは新たな知見を得られたことを喜びつつ、幌馬車から離れることにした。
馬車から離れてから少し歩いていると、進行方向から人を大勢乗せた荷馬車がやってくるのが見えた。乗せている人が多いから、荷馬車にしては珍しく、二頭の馬が引いている。
カリは街道脇へ退避しながら、大人数が馬車で移動している姿に首を傾げた。
「旅のために荷馬車に同乗しているにしては、乗っている人が全員筋骨たくましいのが不思議だ」
どんな集まりなのだろうとカリが疑問に思っている間に、その荷馬車はカリの横を通り過ぎていった。
カリは何だったのだろうと考えながら旅を再開しようとして、背後の遠くで荷馬車が停車した音が聞こえてきた。何で止まったのかと振り返って確認すると、先ほどカリが見ていた横転した幌馬車へと、荷馬車に乗っていた人たちが集まる姿が見えた。
筋骨たくましい連中が、倒れている幌馬車の荷台から荷物を次々に外へ捨てていく。その作業の後で転倒している側へと集まり、一斉に馬車を持ち上げ始めた。
「持ち主に依頼されて、幌馬車だけを回収するのかな?」
カリは街道脇で立ちながら、作業が終わるまでの様子を見ることにした。
横転していた馬車は起こされて、その四つの車輪が街道に着地した。
筋骨たくましい人たちは、それぞれの車輪に歪みがないかを確かめていき、一つの車輪を交換する判断を下したようだ。
荷馬車から予備の車輪を出してくると、一人が車輪を交換する作業を行い、他全員が幌馬車を持ち上げて作業を補助する。
そうやって幌馬車が走れるよう補修されたところで、荷馬車を引いてきた馬の内の一頭が幌馬車に繋ぎ直された。
その後で荷馬車と幌馬車は前後に並ぶと、カリが進んでいく予定の道の先へと移動していった。
「珍しいものが見れたな」
カリは観察して良かったと思いながら旅を再開しようとして、先ほどまで幌馬車があった場所へと顔を向ける。展開している魔央を通して、その場所に誰かが立ち止まったことを察知したからだ。
カリが目視で確認すると、旅人らしき人物が一人で投棄された幌馬車の荷物を漁り始めていた。
その旅人の見た目は、長年旅暮らしをしてきたとわかるくたびれ具合をしていた。そして投棄された荷物を漁る手つきは手馴れていた。
「熟練した旅人は、倒れて時間が経った馬車は漁らないけど、荷物は何時投棄された物であっても調べるってことかな?」
基準が分からないと、カリは首を傾げてから旅に戻ることにした。




