64話
カリが村に戻ると、村長が慌てた様子でやってきた。
村長の傍らに戦士の姿があるのは、あの戦士が村長を呼びにいったからか、それともカリに対する用心のためか。
カリは警戒感を上げながら、森で仕留めた魔物の死体を村長の前の地面に置いた。加えて、錆びた剣もその横に添えた。
「こいつが、いなくなった戦士を殺した魔物。戦士については、森の中で白骨化していて、これが形見の剣だ」
「これが、件の魔物だと?」
村長が訝しげに、魔物の死体を検め始める。
首を落とされた魔物の死体は、その大きさがカリと同じぐらいなので、大人の戦士を殺すにしては非力に見えるのだろう。
カリは、疑われていることを知って、魔物の説明をすることにした。
「その魔物は、様々な色がある体毛を動かして景色に同化する。そうして人の目で見えないよう偽装してから、不意打ちの尻尾の一撃で獲物の頭部の破壊を狙ってくるんだ」
「尻尾? おお、なんと伸びるとは!」
「攻撃してくる瞬間だけは、景色に同化する偽装が崩れるから、運が良ければ気付けるかもしれない」
「つまり、普段は見ても分からないと?」
「気を付けた方がいいと思うよ。あの森の中で、この一匹が最後ってわけじゃないだろうし」
「むむっ。それは確かに」
納得してもらったところで、カリは残りの半金を要求することにした。
「依頼は達成したんだ。残りの金を払ってくれないかな?」
「申し訳ないが、ここには持ってきていない。家で払うから、付いてきてくれないか」
カリは、払ってもらえるのならと、村長の言い分に従った。
そうして、カリ、村長、村の戦士一人が連れ立って、村長宅への道を進んでいく。
やがて村長宅が見えてきて、その傍らに建てられた看板も目に入るようになってきた。
カリは立て看板が新しくなっていることを知り、看板に直接書かれた文字に目を向ける。
以前は、アパルパフ男爵家を惨殺した下手人の情報を求めるものだった。
それが今は、予想される下手人についての情報が、マザブート伯爵とやらの名前で公表されていた。
(犯人は魔法使いなのは確定。でも詳しい犯人像については、開拓村に現れた悪の魔法使い、もしくは離反した徴税官、ないしは旅の戦士に偽装している他貴族の間者って、情報は不確定と但し書きがついているや)
犯人像の一つは当たっているものの、カリに通じる類の情報更新ではなかった。
カリが看板に目を向けていると、村長が声をかけてきた。
「なにか良い情報をお持ちなら、褒賞で金貨一枚が手に入るぞ」
「いいや、持ってないね。看板を見ていたのは、単純に新しくなっていて、何が書いてあるか興味があったからだ」
「そうなので? 犯人像の一つに、旅の戦士に扮しているというものもあるが?」
「看板に書いてある内容を言っているのなら、僕が貴族に仕えている魔法使いの間者に見えるって?」
「その若さで旅の戦士をしているのは珍しいものでね」
村長は本当に疑っているのか、それとも残金を支払う前の雑談ないしは減額交渉前のけん制なのか。
ここでカリは、村長の思惑を推し量る意味はないなと、考え方を切り替える。
「僕を魔法使いだと思っているなら、ちゃんと残りの半金を払って欲しいもんだ。魔法使いの機嫌を損ねたらどうなるか、村長なら痛いほど理解しているはずだ」
「……ふんっ。お前が魔法使いなわけがないな」
村長が家に先に入り、カリ、村の戦士の巡に続く。
村長の私室へと移動し、その中で金銭の受け渡しが行われた。
「確かに、全ての報酬があると確認した」
カリが金銭が入った革袋を手にして帰ろうとすると、村長に呼び止められた。
「先ほどの魔物、まだ森にいると言っていたな」
「あくまで予想だよ。あの一匹だけしかいないと考えるより、他にもいると考えた方が自然だろうってね」
「その予想が合っていたら、村の生活の脅威になる。報酬を払うから、できるだけ狩ってきてはくれないか?」
村長の要求は村を治める者として真っ当なものだ。
姿が見えない魔物に対し、実際に討伐した実績を持つ戦士がいるのだ。その戦士に、他の個体も倒してくれとお願いすることは、道理に適っている。
しかしカリは、これ以上村の事情に深入りする気はなかった。
「魔物の正体は分ったんだ。これから先は、そっちでなんとかして欲しいね。僕は『旅』の戦士なんだから」
「実績を上げれば、この村で暮らす許しを出すこともできるが?」
「悪いけど、村暮らしよりも、いまは旅を優先したい気分なんだ。悪いね」
「どうしてもダメだと?」
「この報酬があれば、しばらく旅暮らしが賄える。金を欲して依頼を受ける意味がないね」
カリが取り付く島のない態度を取ると、村長の鼻づらに不愉快を示す皺が寄った。
「旅がしたいと言うのなら、少しでも早く村から出ていくことだ。非協力的な人間が身近に居られると、それだけで困り物だからな」
「言われなくても、この家を出た足で村も出ていくさ。あんたからの依頼がなきゃ、昨日のうちに去っていた村なんだから」
カリが太々しい態度で言い返すと、村長はいよいよ不機嫌さを隠さない態度になる。
「チッ。さっさと出ていけ」
カリは、退去を促す手振りをされてしまったからにはと、すぐに村長宅から出ることにした。そして道を歩いて村の外を目指していく。
その道すがらに、一人の女性が近寄ってきた。
歳の頃は三十代で、村の滞在中に出会ったことのない人だった。
カリは何の用だろうと立ち止まると、その女性はお礼を告げてきた。
「夫の形見を届けてくださったそうで。ありがとうございました。父親は恐ろしい魔物を相手に勇敢に戦って死んだのだと、あの剣と共に息子に語って聞かせてやることができます」
どうやらこの女性は、森で死んだ戦士の妻だったようだ。
カリは、どう返答したものかと困りながらも、口から言葉を紡いでいく。
「役に立ててよかったよ。それじゃあ、僕は旅に戻るから」
「はい。重ね重ね、ありがとうございました」
カリは気恥ずかしさを感じながら、女性に背を向けて村から出るため出入口へと向かった。




