61話
カリは森の中で、鞘から抜いた剣の刃に手を当てていた。
もちろん、その刃で手を切るためではない。
剣――金属を、魔央から得られる触感では、どう感じるかを詳しく知るためだ。
どうしてそんなことをしているのかというと、森の中にあるはずの戦士の死体を探すためだ。
戦士は魔物を殺しに森の入ったなら、護身用に剣や槍の一つでも持っているだろう。なら魔央が金属に触れた感覚をハッキリ知覚することができるようになれば、広い森に隠れる戦士の死体を探すこともできる。
そうカリは考えた。
「なんとなく、金属かそうじゃないかを知覚するコツは分かった気がする」
手で触れるだけでは、金属も石も冷たくて固い物という感覚しか得られない。
しかし魔央で詳しく感じ取ってみると、金属は不自然に整って構成されていて、石には雑然と構成されているように感じ分けることができた。
この感じ方の差は、人工物か自然物の差であると、カリは理解した。
「これだけ自然物に囲まれた森の中なら、人工物の感覚は異質なものとしてハッキリわかりそうだ」
カリは目を閉じて、魔央を通して感じる感覚に集中する。
まず感じた人工物は、カリ自身が身に着けている鎧や剣や貨幣たち。
その感覚を意識して除外し、さらに周囲へと人工物を探す知覚を広げていく。
やがて感じ取ったのは、カリが入ってきた森の際にある、村人が忘れていったであろう何かの金属。とても小さいことから小銭か道具の破片だろうと、カリは判断を下した。
さらに広い範囲を感じ取っていくと、カリがいる場所から森にかなり入った場所に人工物があることに気づく。それも、カリの持つ剣と似たような感触のものが。
「これが、死んだ戦士の武器かな」
カリは感じ取った場所に目星を付けてから、森の中を進む。
道を阻む邪魔な枝葉を剣で斬り落とし、藪を足で踏みつけ、高くせり出した根っこをよじ登る。
そうやって進んでいく最中で、カリは瞬間移動の魔法を使えば苦労しなくていいことを思い出した。
「他の誰かが見ているわけじゃないし」
カリは、周囲の生物を魔央で感じ取って人間が居ないこと、目星をつけた場所の近くに大型の生き物がいないことを確認すると、魔法で瞬間移動した。
一瞬にして景色が切り替わり、狙った場所の直ぐ近くの光景が、カリの目に飛び込んできた。
目星をつけた場所には、たしかに剣が一本落ちていた。風雨に晒されて錆びた剥き身の剣が。
その剣の近くには、革の鎧を着た白骨死体があった。骨の上に薄く残っている腐肉に、蛆が集っている。
カリは、その白骨を見て、眉を寄せた。
「ああも骨だけになっちゃったら、どんな魔物に殺されたか分からないかもな」
カリは魔法を使って、死体に集る蛆だけを死滅させた。その後で、腐肉の臭いを嗅がないように鼻を摘みながら、死体に近づいた。
死体の近くで口を開きたくないので、カリは黙ったまま死体の状態を確認する。
恐らくの死因は、頭蓋骨が砕けて穴が空いていることと、首の骨の一部が折れていることから、頭に食らった強力な一撃だろう。
剣を奪っていっていないことと、肋骨の一部と大腿骨に肉を食んだ際の噛み痕がついていることから、動物型の魔物だろうという予想も立てられた。
これが、戦士の死体から得られた情報の全てだ。
カリは死体から距離を離してから、鼻を摘んでいた指を放して深呼吸する。
「すーはー。錆びた剣に血糊がついてないのと、この周囲に激しく戦った痕跡がないから、不意打ちで殺されたって感じだ」
そう予想を立てた後で、カリは首を傾げる。自分が口にした予想に、納得がいかなかった。
「動物型の魔物で人の頭を一撃で割る力があるのに、察知されないように忍び寄ってくる?」
人を容易く殺す力があるのに知恵を使ってくるなんて、カリは自分が立てた予想ながらも出来過ぎにしか感じられない。
でももし予想が正しいのなら、動物型なのにかなりの知能があるということになる。
カリは警戒感を持つべきだと自分を戒めつつ、件の魔物を探す新たな方針を立てていく。
村の戦士がここで死んだからには、この場所はその魔物の縄張りの中であることは間違いないだろう。
そして縄張りの中をウロチョロしている見知らぬナニカが居れば、魔物は心穏やかでいられないはずだと予想する。
「ここを拠点にして、わざと音を大きく立てながら周囲を探ってみようか。釣られて出てくるかもしれない」
カリは、戦士が死んだ原因である不意打ちを食らわないよう、周囲展開している魔央から伝わる感触に気を配りながら、大きな音を立てながら歩き回ることを試みることにした。




