59話
宿屋の主人に事のあらましを伝えると、盗人の懐からカリの所有物が出てきたこともあり、事情を納得してもらえた。
村の戦士も呼ばれて実況検分も行われ、カリの無罪が証明された。
床に広がった盗人の血糊はモップで拭き清められ、カリはその部屋で眠りについた。
そして、宿に取った部屋に入った盗人を、剣で斬り殺した少年がいる。その話が、翌朝には村中に知れ渡っていた。
カリが起床して朝食を取っていると、中年男性が宿屋に現れてカリの対面にある椅子に座ってきた。
カリは、この中年男性の正体が村長であることを、宿屋の主人が驚いて呟いた「村長がなぜ」という言葉から理解した。
「……なにか、ご用ですか?」
カリが朝食を取る手を止めずに言うと、村長は深刻そうな顔で話を切り出してきた。
「実は、この村の近くに、強い魔物がいるようでして。貴方に討伐して頂けないかと、お伺いに来たのです」
「村には、立派な戦士が多数いますよね。彼らにお願いしてみては?」
「村一番の戦士だと豪語していた者を討伐に差し向けたのですが、帰ってこなかったのです」
戦士が一人――村一番の実力という部分は疑わしいにせよ――魔物に負けてしまった。
そして村の戦士は、村を守る大事な戦力である。
もしも一人でダメだったのならと、多数の戦士を討伐に向わせ、それで全滅ということになったら村の存続にかかわる危機になる。
村長はどう対応したものかと手をこまねいていたところで、カリという村人を倒した旅の戦士を知り、これは良い人材がいたと用事を頼みにきた。
カリは、そういう事情なのだろうと、予想した。
「ふーん。それで、報酬は?」
カリが気乗りしない態度ながらも報酬について尋ねる。
すると村長は、深刻そうな顔に少し嬉しさを滲ませながら、小さな革袋を差し出してきた。そして袋の口紐を開いて中を見せてくる。
「これが払える報酬です」
袋の中身は、多少の銀貨はあるものの、銅貨ばかりだった。
村の戦士を殺せる魔物が相手だと考えると、安すぎる報酬のように、カリの目には映った。
よそ者に与える報酬だからとケチっているのか、それとも払える上限がこれだけしかないのか。
カリは疑念が浮かんだが、それを胸の内に仕舞うことにした。
「前払いで、その袋の中身の半分を貰えるのなら、引き受けてもいいよ」
「半分、ですか?」
「達成した後で同じ額を貰う。分かり易いでしょ」
半金を要求したのは、魔物の討伐を終えた後で、そんな約束をしていないとか代金を誤魔化されないようにするための用心だ。
先に半金を貰うと、報酬は既に払っていると後でごねてくる可能性もなくはない。
でも問題の魔物の討伐を成功させた人に、そこまで強気に出てくる可能性は少ないだろうと、カリは予想した。
そもそも、カリは魔法で栄養を作りだせるため、お金をそこまで必要としていない。だから、もしそんな未来が来たとしても、別に良いかという気持ちもあったりする。
「半額を前金でがダメなら、他を当たって」
「わ、わかった。半額支払う。だから、どうか魔物を倒してください」
村長の手によって袋の中身がざっと机の上にあけられ、だいたい半分を差し出してきた。
カリも、きっちり半分数えるような真似はせずに、渡された硬貨を受け取った。
「それじゃあ、今から出ることにするよ。魔物と出会うまで何日かかるかわからないから、宿は引き払ってね」
「よろしくお願いします」
カリは、頭を下げる村長に背を向け、宿の部屋に戻って荷物を持つと村の外へ出ることにした。




