54話
カリは宿で自分とベティの分の荷物二つを回収すると、夜も明けきらないうちから宿を出立することにした。
朝方に宿を出る人は少なくないのだろう。宿屋の受け付けには、早朝出発者のために、鍵の返却口が置かれていた。
カリは、そこに鍵を入れてから、宿屋を出た。誰も見ていないため、ベティがいなくなったことに対して言ってくる人もいない。
「さて、これからどうしようかな」
カリは、ベティという連れ合いが居なくなったことに寂しさを感じながら、今後の予定をどう立てたものかと頭を悩ませる。
旅暮らしをすることは、カリの既定路線だ。
しかし、その旅の中でどう振舞っていくかについて、考える余地があった。
その中で一番重要な選択肢は、魔法使いだと隠して旅をするのか、隠さないのかだ。
開拓村で徴税官を殺し、アパルパフ家を全員惨殺した魔法使いを、この国の貴族たちは見つけようと躍起になるはずだ。
魔法使いだと隠して生活すれば、その追っ手の目を掻い潜り易くなる。
逆に魔法使いだと隠さずにいれば、追っ手に発見され易くなる。
カリは特段に魔法使いであることに誇りを持っているわけじゃない。そもそも魔法使いになったのだって、自殺しようとした際に得てしてなってしまっただけ。
だから魔法使いなことを隠すことに、変な抵抗感があるわけじゃない。
しかし一方で、どうして自分が追っ手に怯えて、魔法使いだと隠す必要があるんだという気持ちもある。
貴族以外の魔法使いの存在を許さないのは、貴族の勝手だ。
ならカリだって、勝手を押し通したっていいはずだ。
カリはそれらの諸々を考えに入れて、結論を出した。
「別に、魔法使いだって喧伝するのも、そして隠す必要もないな」
魔法が必要でないのなら使わずにいて、魔法が必要な場面なら遠慮なく使えば良い。
カリの魔央の展開の仕方にしても、普段は最大限に広く展開しておいて更に広げるように訓練しながら、貴族の追っ手が来た際は最大限まで圧縮すればいい。
こうして魔法の使い方を定めると、連鎖的に次にするべき選択肢も、カリには浮かんだ。
「自由気ままな旅暮らしなんだ。自分の心のままに過ごすべきだよな」
旅をする先で、地産の美味しい物に舌鼓を打ったり、景色の良い場所で長くとどまってみたり、魔物や盗賊を見つけたら討伐すればいい。
旅の戦士として、行商人に同道したり、困っている人に救いの手を伸ばしてみたり、悪漢を成敗してみたりしてもいい。
「なんだか楽しみになってきた。よしっ、さっそく出発しようか」
色々と考え込んでいるうちに、日が明けてきていた。
カリは町を出るため、外壁に向かう。
魔法で瞬間移動して出てしまってもよかったが、町の中を散策して景色を見ながらの方が楽しそうだと判断したのだ。
そうやって歩いていると、朝早くから活動する職業の人たちが家の外へ出てくる様子が見えた。
やがてその他の家庭でも、朝の準備をし始めたようで、町の中に段々と活気が生まれてくる。
その様子を目で楽しみながら、カリは街道を進んでいく。
しかし、長々と景色を楽しむわけにはいかない出来事が起こった。
「大変だ、大変だ! アパルパフ家のみなさんが惨殺されたのが発見されたみたいだぞ!」
街道を駆け抜けながら、そんなことを言っている人がいた。
その人物からの衝撃的な報せに、町の住民たちの表情に恐怖が浮かぶ。
「いまの、本当のことかしら」
「きっと新聞屋さんなら、記事にしているはずよ。行ってみましょう」
話を聞いた人達が、ぞろぞろと一方向へと向かって歩いていく。
カリも流れに乗って移動すると、台の上に乗った男が紙束を手に立っていた。
「衝撃的な事件だよ! なんとアパルパフ家全員が一夜にして皆殺しになっていた、ってんだから驚きだ! しかも予想される下手人は魔法使いってんだ! またぞろ、貴族間の対立なのか!? 詳しい事件のあらましは、この新聞に書いてある! さあ、買った買った!」
威勢の売り文句を放つと、集まった人たちが一斉に硬貨を手渡して新聞を買い求め始めた。
カリはその様子を見ながら、そっと人の輪から脱出し、町の外壁へ急ぐことにした。
あの新聞にカリが犯人だと書かれている可能性は低いが、旅の戦士だからと変に目を付けられるてしまうのは不味いからだ。
カリは、町中にアパルパフ家が全滅したという報せが広まり切る前に、町の出入口で眠そうに立っている戦士に一礼してから通り過ぎ、町から脱出した。




