51話
あどけなく眠っている貴族の子供。
魔法を放つどころか、胸に刃を振り下ろすだけで命を奪えることが疑いようのないほどの無防備さだ。
カリはベティに目を向ける。復讐する相手の一人が、容易く仕留められる機会だぞという意味を乗せて。
ベティもカリに目を向ける。こんな子供が当主のはずがないと抗議する意図を込めて。
二人は数秒間、目を合わせた状態のままでいた。
その後で、ベティが視線を外して、子供が眠るベッドの側から離れた。そしてカリに、今度こそ当主がいる場所に案内しろと身振りした。
カリは、相手が自分より幼い子供だと知って怖気づいたベティに思うところはあった。だが、この屋敷に来る前に、ベティの意見を尊重しようと決意していた。
だからカリは、ベティの求めに従って、このベッドの子供の次に魔王の範囲が広い存在がいる部屋に向かうことにした。
静かに部屋を出て、廊下に人影がないことを確認してから、目的の部屋の前まで移動する。
カリが魔法で部屋の扉の鍵を開け、扉を少し開く。
その開いた隙間に体を滑り込ませるようにして、カリとベティは部屋に入り込んだ。
この部屋のベッドの上にいたのは、カリより二十歳ほど上に見える、成人の男性と女性。先ほどの部屋の子供の親と考えると、見た目の年齢に合点がいく二人だった。
ベティも、この二人がこの家の当主だと判断した。そして子供を目にした先ほどとは打って変わり、目に復讐の感情を漲らせる。
ベティは、男性と女性を交互に見ると、先ずは当主と思われる男性を狙うことにした。
しかしここでベティは、どれぐらいの魔法を放てば、貴族を殺せるのかを知らないことに気付く。
下手に手加減して仕留められなかったら意味がないし、かといって過剰すぎると魔法を放った音で他のアパルパフ家の面々が起きてしまう。
ベティは考えて、寝ている男性の首を両断するために、不可視の刃を放つ魔法を使うことにした。
首を刎ねれば魔法使いでも死ぬし、威力を出し過ぎても男性が寝ているベッドまで斬れるだけで音も大きく出さずに済む。
ベティは自分の判断は間違いないと納得し、魔法で男性を狙った。
(お父さまを殺した、その復讐よ!)
ベティは殺意を込めて魔法を使い、放たれた不可視の刃が男性の首を跳ね飛ばし、その下にあるベッドに深々とした傷を作った。
悲鳴もなく死んだ男性。その断たれた首から、赤い血があふれ出してベッドを濡らしていく。
すると、ベティの魔法行使に気付いたのか、はたまた死んだ男性の血が肌に触れたからか、男性と一緒に寝ていた女性の瞼が開いた。
その女性の目と、ベティの目が合った。
一瞬間があり、女性はベッドの中から外へと跳ねるような勢いで出てきて、ベティはすぐに仕留めようと不可視の刃の魔法を放つ。
しかしベティの魔法は、女性が生みだした水の障壁を生む魔法で防がれてしまった。
その二人の行動を、カリは部屋の隅で見ていて気付いた。
アパルパフ家の当主と思わしき魔央は、いまだに健在であることを。
「貴女が、アパルパフ家の当主か?」
カリが投げかけた質問に、女性は水の障壁を周囲に複数展開しながら答える。
「間抜けな刺客だな! 標的の顔を知らずに屋敷まで侵入してくるとはな!」
大声を張り上げて、カリとベティをあざ笑う。
その行動の意味を、カリは理解していた。
「声を上げて、屋敷に住む他の人を起こそうとしているわけだ。この場に呼び寄せるためか、それとも逃げろと警告するためかは知らないけどね」
カリが声をかけているが、ベティは自分の判断で魔法で攻撃する。
当主と思わしき女性は、水の障壁を何枚も重ねることで、ベティの攻撃を受け止めてみせた。その攻防を続けながら、視線はベティではなくカリへと向け続けている。
「大胆かつ頭の切れる刺客だと思ったが、まだ子供だな。どこの家の子だ?」
「命を狙われる理由に、幾つか心当たりが?」
「強き魔法が使える者が、より高い貴族の爵位を得る。その強さの証明のために、我が家のような木っ端貴族を襲撃することは、稀ではあるがあることだからな」
会話を重ねる時間で、寝込みを襲われた混乱を脱することができたようで、女性の態度は襲撃者を警戒するものから強者然としたものへと変わる。
「魔法使い相手の戦闘を熟せないようでは、貴族家の当主は勤まらん。易々と殺せるとは思わないことだな」
魔法で攻撃し続けるベティから身を護るために、複数展開していた水の障壁。その内、一枚の形が変化する。水の壁が太い鞭へと代わり、カリに向かって振られた。
カリは自分が狙われたことに驚きつつも、風の刃を複数放つ魔法でもって、水の鞭を細切れにした。
「一応言っておくけど、貴女のこれまでの声は外に届いてないよ。この部屋を僕の魔央で覆って、部屋の外に出ていく音を魔法で打ち消しているからね」
「なん、だと」
カリの言葉は、会話や魔法の攻防で音を立てているのにもかかわらず、屋敷の他の場所は鎮まったまま変化がないことからも真実だと分かる。
そして女性当主は、自分の目論見が達成できてないと知って焦った様子になる。
さらに追い打ちをかけるように、カリは言葉を続ける。
「それに僕らは、貴族じゃないよ。貴族じゃない魔法使いについて、なにか思い当たることがあるんじゃない?」
女性当主は、まず訝しげに眉を寄せてから、ハッと気づいた様子になる。
「まさかお前たち。開拓村で発生したという噂があった魔法使いなのか!?」
「その通りよ! よくも、村の皆を殺してくれたわね!」
ベティが怒声を放ち、自分が出せる最大威力の魔法――爆発を伴う人間大の火球を放った。
女性当主は複数ある水の障壁で受け止めたが、火球が破裂して、障壁を構成していた水ごと吹き飛ばされて壁に打ち付けられた。
「ぐあっ!」
壁に衝突した際に腕を酷く骨折したようで、筋肉と皮膚を突き破って骨の折れた先が顔を出していた。
その姿を見て、ベティは手痛い攻撃を与えらえたと満足な表情になる。
一方でカリは、失態を恥じる顔になる。
「部屋の外に出る音は全部打ち消したけど、建物の構造を通して伝わる衝撃は止めきれなかったか。魔法は万能だけど、使い手が想像してある外の出来事までは補ってはくれないみたいだな」
先ほどのベティの魔法による爆発の衝撃は、カリが魔法で抑制したものの、建材を伝わって屋敷の中を走った。
屋敷を走る衝撃という明らかな異常事態に、屋敷の住民が次々と覚醒して動き出す様子が音となって伝わってくる。
「その人に手間をかけていたら、他の人たちを逃がすことになりそうだよ」
「そう言うのなら、カリも手伝ってよ」
「これは君の復讐だよ。僕は足止めや尻ぬぐいはするけど、それ以上を期待しないで欲しいな」
この二人のやり取りで、女性当主は復讐の主体がどちらにあるか気付いたようで、ベティに顔を向ける。
「村を滅ぼされた復讐で、我々を殺し尽くす気なら、それは考え違いだ」
「私の村を滅ぼす決定はしてないとでも言う気なの?」
「いや、開拓村とその住民を滅ぼす決定は、この私がやった。だがそれは、貴族の規範に従ったからだ。規範に従わなければ、当家が他の貴族家に討たれる理由となるのだ!」
決まりに従って動いただけで、自分たちは悪くないという言い分。
それを聞いて、ベティは心の怒りを燃え上がらせた。
「なら、その約束事を作った人たちにも復讐するわ! でも先ずは、貴女とその家族からよ!」
ベティは怒りに任せて、先ほど放った爆発魔法を多数作って撃ち出した。
女性当主は水の障壁で防ごうとするが、爆発の威力が高くて防ぎきれない。
魔法による爆発が晴れた後になると、女性当主は体に無事な部分がないほどにボロボロの状態になっていた。
「ぐふっ。や、やはり、自然に生まれた、魔法使いは、世の災いになる、のだな。開拓村を滅ぼす、決定は、間違ってなかった」
血みどろになりながら、女性当主は確信を持った口調で言葉を放ってきた。
それに対するベティの返礼は、その心にある復讐の激情を形作るかのような、特大の爆発魔法だった。
「貴女が開拓村を滅ぼす決定をしなければ、私は復讐を選ぶことはなかったのよ! 後悔しなさい!」
ベティは爆発魔法でもって、ボロボロの女性当主を粉々に吹っ飛ばした。
この爆発によって、部屋の中は滅茶苦茶になってしまう。
しかし部屋の構造自体は、カリが魔法で補強を入れたことで、壊れることを防ぐことができた。
「でも、いよいよ異常事態だって知られちゃったようだね」
カリが顔を部屋の出入口へ向けると、寝巻のまま武器だけを手にしてやってきた多数の使用人が部屋に入ってくるところだった。




