45話
カリとベティは、自分たちが魔法使いであることを隠すために、魔央の範囲を縮めることに決めた。
カリは徴税官との戦いの際に一度やったことがあるので、簡単に範囲を縮めることができた。そして魔央の範囲は縮めれば縮めるほどいいだろうと、カリは最大まで圧縮した。
しかしそこで、ベティから物言いが入った。
「魔央の範囲を圧縮したカリから、とても怖い感じがするわ」
「怖いって、特に怒っていないけど?」
「違うの。なんだか、こう、棚から落ちてきそうな物の下にいると気付いたときみたいな、体格の大きな人が急に目の前に出てきたような、そんな怖さがあるの」
その感覚は、ベティが魔法使いだから感じられるのか、はたまた普通の人でも感じられるものなのか。
そんな疑問をカリは抱きつつも、この怖さが限界まで魔央を圧縮した所為だと仮定し、今度は限界まで圧縮していた魔央の範囲を少しずつ広げてみることにした。
体にピッタリ沿うような形だったカリの魔央が、体全体を厚く覆う形になり、そこから段々と外へと膨れていく。
やがて形が家一軒分を覆えるほどまで拡大したところで、ベティの声がやってきた。
「怖さが消えたわ。いや、ちょっと感じるけど、見た目が怖い人を見かけたぐらいの怖さになったわ」
「このぐらいだね、分かった」
カリは魔央の拡大を止めると、この魔央の圧縮率でどの程度の魔法が使えるだろうと、自問してみた。
すると、徴税官が使っていたものより強力で、そして徴税官を倒せるぐらいの魔法は使えそうだなといいう、自答を得た。
「……本当に、あまり怖い感じは出てないんだよね?」
「何人かに一人は居そうな怖さって感じよ」
「どんな感じだよ」
ベティの意見は参考にならないと判断しつつも、カリはこの圧縮率を感覚的に覚えてから魔央の圧縮を止めた。
カリが魔央の展開範囲を圧縮できたので、次はベティが練習する番だからだ。
しかしベティは、この範囲の圧縮という感覚を掴めないみたいだった。
「カリは、どうやって成功させたの?」
「徴税官の魔央と自分の魔央の違いを感じ取って、魔央が圧縮できそうだと思ったから、やってみたらできたかな」
「参考にならないわね。じゃあ、その前までは、どんなことを練習していたの?」
カリは、自分が魔法使いになってからのことを思い返してみた。
「魔法の実験をやっていたかな。魔央の範囲内なら瞬間的に移動できると分かって、魔央の端へ飛んでみたりしたね。それで魔央の端へ飛んだら、魔央が遅れて追従してくるのを知って、自分で意識して魔王の形を変えたり、位置を移動させてみたりしたっけ」
「ふむふむ。たぶん、その魔央の形を変えたり移動させたりが、魔央を圧縮する練習になりそうね」
ベティはそう判断を下すと、魔央を圧縮する試みを一度諦めて、魔央の形や位置を変える訓練をやり始めた。
魔央の展開した体積を変えずに形や位置を変化させるのは楽なようで、時間を経るに従ってベティは魔央を楽に変形させられるようになっていく。
しかしそれでも、魔央を圧縮する切っ掛けは掴めずにいるみたいだった。
「むむむっ。変形させた応用でいけると思うのだけど、一部を潰すと、他の部分が飛び出ちゃう感じがあるわね」
「練習あるのみだ。僕の方も、忘れていたことをやる時間にしよう」
「忘れていたことって、何なの?」
「魔央の範囲を広げるんだ。魔法使いになった際に周囲に粉になって展開された魔央は、その粉の数を魔法で増やせるんだよ。少しずつだけどね」
「そうなのね。でも良いの? 魔央の範囲を広げるってことは、貴族たちに私たちが魔法使いであるとバレやすくなるってことじゃないの?」
「でも、その魔法使いに勝つためには、魔央の圧縮率と範囲が必要不可欠なんだよ」
徴税官の戦いで、カリは知った。
魔央の圧縮率が高い方が強力な魔法が使える上、圧縮率の弱い方の魔法を寄せ付けなくなることを。
そして恐らくではあるが、同じ圧縮率の場合は、魔央の範囲が広い方が勝てる。なぜなら、魔央の範囲が広い方が使う魔法に柔軟性を持たせられる。
例えば、瞬間移動。これは自身の魔央の範囲内でしか、瞬間的に移動することはできない。だから今のカリが限界まで魔央を圧縮すると、半歩分が移動可能距離になってしまう。
しかし仮に限界圧縮した魔央の範囲を町一つにまで広げられたら、カリ瞬間的にあちこちへ移動しながら魔法を放つことが可能になる。
加えて、限界圧縮した魔央の中では、圧縮率の劣る魔央を持つ魔法使いは魔法を発動できなくなることが、カリと徴税官との戦いの中で判明している。
つまるところ、魔法使い同士の戦いにおいて、魔央の圧縮率の高さと範囲の大きさこそが勝負を決定づける要因だ。
だからこそ、カリは少しでも自身の魔央の範囲を広げるべきと決めたのだ。
そうした理由をカリから聞かされて、ベティは納得した。
「つまり最強の魔法使いになってしまえば、貴族に目をつけられる心配をしなくても良くなるってことね」
「いや、そうじゃない。僕は平穏無事が好みで、不必要な戦いはしたくないんだからね」
「私も最強魔法使いになるために、まずは魔央の圧縮が出来るようにならないとだわ!」
ベティは、カリの言い分に耳を傾けることなく、魔央を圧縮する練習に戻った。
カリは、ベティの血の気の多い様子に呆れながら、魔央の範囲を少しずつ広げる魔法を展開した。




