42話
カリとベティが瞬間移動を繰り返して道を進んでいく。
するとやがて、カリは魔央を通して、道の先に荷馬車の存在があることを感知した。
しかしカリはすぐに荷馬車に移動するのではなく、少し離れた場所で停止することを選んだ。
「どうしたの?」
ベティの疑問の声に、カリは声を潜めろと身振りを返す。
「なんか変だ。荷馬車の周りに死体が何個かある。野生動物っぽいのと、人間っぽいのだ」
「野生動物に襲われて、荷馬車にいた人達は死んでしまったってこと?」
「それにしては、生きている人間の数が多いんだ。それと、死体と生きている人を合算すると、村から出ていった人達より多くなる」
カリは、意味が分からないと首を傾げてから、どういう状況か目で確認することに決めた。
もちろん、荷馬車に近づかなくてすむ方法でだ。
「ちょっと上に飛んでから、先の様子を見てみるよ」
「あっ、待って。私も見たい」
それならと、二人は持ってきた作物が入った布袋を地面に置いてから、魔法で上空へと飛び上がった。
広がる景色を眼下に見ながら、先ほどまで居た道の先へと目を向ける。
すると街道の脇に荷馬車が止まっていて、その周囲に生きている人間が十数人動いていて、動物と人間の死体が地面に転がっていた。
カリは目に魔法をかけて、遠くをハッキリと見えるようにした。
「村から出た人たちは、ほとんど死体になっちゃっているみたいだ。村人の中で生きているのは女性が一人二人かな。生きている人たちは、武器や鎧を着ているから戦士かな?」
「違うわよ、カリ。きっと、あいつらは盗賊よ。村に来る行商人から、そういう輩がいるって聞いたことがあるわ」
ベティの意見を取り入れて、カリは荷馬車に乗っていた人達がどういう経緯を辿ったかを予想する。
開拓村から出て街道を進んでいたところで、野生動物の群れに襲われた。荷馬車の荷物を軽くするためと囮のエサとして、作物が入った布袋を幾つか落として、逃げようとした。しかし野生動物は落としたエサは気に入らず、荷馬車を追いかけ続けた。
その後で、野生動物を撃退するために馬車を止めたのか、それとも野生動物より先に盗賊に襲われて馬車を止めさせられたかはわからないが、結末は盗賊の餌食に野生動物も村から逃げてきた人たちもなってしまったのだ。
「さて、どうしようかな」
カリとしては、別に盗賊をどうこうする気はない。
村人だった人たちに思い入れはないし、自身が盗賊に害されたわけではないので敵意を持てない。
なので、盗賊を飛び越える形で瞬間移動を使って逃げてしまおうかなと、カリは考えていく。
しかし、そのカリの考えが定まり切る前に、ベティが動き出していた。
「あの人たちの仇を討たないと!」
ベティは即座に魔法を使い、石の槍を出現させて即座に射出した。
魔法で生み出された石の槍は、ベティの魔央の内で最大まで加速された跡で、魔央の外へと飛び出た。
その石槍たちは一直線に空中を飛び、そして馬車の周りにいた盗賊らしき存在たちを貫いた。しかし、ベティの魔央の圏外であり少し距離があったからか、数人の盗賊には命中しなかったようだ。
生き残った盗賊は、どこから攻撃されたか分かっていない様子だが、敵が来たことは理解したようだった。
武器を構えた盗賊は、殺さずに残していた村人の女性を、証拠隠滅のためか武器で刺し殺す。それから荷馬車に飛び乗って、逃げようとする。
「逃がすわけないでしょ、もう一発!」
ベティが同じ魔法を使い、命中率を上げるために一人に対して三発の石槍を放って、生き残りの盗賊たちへ放った。
石槍は、荷馬車ごと盗賊たちを刺し貫き、全滅させた。
荷馬車が石槍によって壊れたことで、馬と馬車を繋いでいた部分も壊れたようで、くびきから外れた馬が一頭で街道の先へと走り逃げていく。
一連の光景を見届けてから、カリは半目をベティに向ける。
「荷馬車を壊してまで、盗賊を殺し尽くす必要はなかったんじゃない?」
「盗賊なんて生かしていてもいいことはないわ。それに私たちは、荷馬車を必要としてないし」
ベティの好戦的な意見に、カリは気持ちが引いてしまう。
「盗賊の件は横に置くとして、あの壊れた馬車や死体はどうする?」
「もちろん、死体は供養するわよ。同じ村の仲間だった人達だし」
「盗賊や野生動物の死体は?」
「その辺に投げ捨てておけば、他の野生動物おエサになるでしょ」
ベティの身内と他をきっぱりと分ける考え方を、カリは理解しがたい感じがした。
カリにとってみたら、村人たちも野生動物も盗賊も、赤の他人でしかない。むしろ村人たちの方が、迫害を被った分だけ悪感情が強いまである。だから村人を供養するのなら、野生動物と盗賊も供養するべきなんじゃないかという気がしてしまうのだ。
「……ベティは村人たちを供養して。僕はその他の始末をするから」
「盗賊まで供養する気なの?」
「単に燃やして灰にするだけさ。神に冥福を祈ったりはしないよ」
「それなら私も、火葬にしようかしら。村でやっていたような、野生動物に食べさせる方法だと時間がかかるし」
カリとベティは上空から地面へ下りると、地面に置いていた布袋を回収してから、死体と壊れた馬車の始末に乗り出した。
まずはベティの指示で、村人の遺体を一ヶ所に集めてから、荷馬車を解体して廃木材にする。その廃木材を遺体の周りに配置して、簡易的な火葬儀式を組み上げた。
「天から我らを見守る神々よ。今日、新たに御許へと向かう魂が現れました――」
ベティが鎮魂の祈りを捧げていく。
その間に、カリは野生動物と盗賊の死体を別の場所へと積み上げていく。積み上げる際に、盗賊の衣服から金目の物を回収しておく。死体が身に着けていても、どうせ灰になってしまうのなら、これからの旅暮らしに活用しようと思っての行動だ。
野生動物と盗賊の死体を集め終わったら、魔法で出せる最高火力で、死体たちを一気に焼く。その衣服も体毛も、肉も骨も、臭いも煙も、魔法の業火に焼かれて一瞬で白い灰へと変わった。
カリが熱気を魔法で吹き散らすと、巻き上がった白い灰もどこぞへと流れていった。
そうしてカリの方が一段落ついたころ、ベティの葬送も次の段階へと進んだ。
「――じゃあ、火葬するわ」
ベティは、あえて火力の弱い魔法を使い、廃木材と村人の遺体に火を付けた。
立ち上がった炎の先から灰色の煙が上空へと伸びていく。
じりじりと遺体が焼けて黒くなっていくが、ベティはその様子をじっと見る気はないようだ。
「あとは燃え尽きるまで待つだけね。その間に、荷馬車に残っていた作物をどうするか考えましょう」
「僕らがここまで持ってきた布袋に入った作物もあるんだよね」
魔法で浮かべて運べば、全てを持って移動することはできる。
しかし魔法で浮かせて移動するということは、常にカリとベティが魔法使いであると喧伝しながら歩くようなものだ。
カリとしては、貴族以外が野生の魔法使いについてどう扱っているか不明な今、あまり魔法使いであると見せるのは控えたい。だから極力、作物の入った布袋は持って移動できる分で留めておきたい。
ベティの方も、作物の入った布袋を山と持って移動する気はなかった。嵩張って邪魔だし、女の子が持つようなものじゃないと意識が強いからだ。
二人は話し合い、食べられる分だけ食べて、残りは燃やして灰にしてしまおうということになった。




