3話
神殿での授業を終えた昼、カリは自宅に戻ることにした。
その道すがらでも、身分が小作人の子に変わったことを実感させられる。
父親が生きていたころは、畑持ちの大人たちはカリに優しく接してくれていた。それこそ、カリの姿を見かけると、畑作業中でも朗らかに話しかけてくるのはよくあることだった。
しかし今は、カリを視界に入れた様子であっても、彼ら彼女らは無視して畑作業を続けるようになっていた。
「こんにちは」
とカリが挨拶をしても、邪魔をするなと目を向けられ、挨拶を返されることがない。
確かにカリの身分は、畑持ち農家の子から、小作人の子に変わった。
しかしカリは、以前と今とで自分は一切変わっていないという自負があった。
だからこそ、今まで親しくしてくれていた人たちが一斉に態度を変えたことに対し、カリの幼心は傷ついてしまう。
そうして帰り着いた、現在の家。
小作人が住むことができる家は小さく、まさに畑の作業小屋。土間一間しかない建物だ。
その小さな空間は、寝床用の敷き藁と多少の道具を置いただけで満杯。食事を取るための椅子や机を置く余裕はない。
カリは、そんな家の中に入って、安堵の息を吐く。
態度が変わってしまった村人を目にすることがなくなったことに加え、母親の姿が家の中になかったからだ。
小作人は、畑作業を手伝うことで、その日の糧を畑持ち農家から分けてもらえる。
逆に、畑作業を手伝わなければ、食料を手に入れることができないということ。
カリの母親は、父親を失って一年ほど経った今でも、その死を引きずっていた。それこそ、悲しみに暮れて、畑作業に行くことを拒否するぐらいに。
そんな日は、カリは神殿での授業が終わってから、畑作業の手伝いに行く。
大人である母親の作業量と、十歳に満たない子供であるカリの作業量には差がある。そして神殿の授業終わりの時間から手伝うということは、作業する時間も短くなってしまう。
だからカリが畑作業を手伝っても、手伝った作業の量が少ないからと、報酬として渡される食料は少なくされてしまう。
しかし少なくされようとも、まったくのゼロよりはましだ。
そうして手に入れた少ない食料を、母親と分け合って、カリは食べるようにしていた。
でも今日は、母親の体調が良いようで、畑作業に行ってくれた様子だ。
腹いっぱいには食べられなくても、飢えて寝苦しい夜にはならないだろうと、カリは安堵していた。
しかし、その安堵も長くは続かなかった。
この家へと、足音を大きく立てながら近づいてくる人を感知したからだ。
カリが家の外に顔を出すと、母親が走って近づいてきていた。
カリは、どうして走っているのだろうと、不思議に思った。
母親は走る勢いのままカリに近づくと、急にカリの両肩を鷲掴んできた。
「他の子と喧嘩したって、どういうこと!」
怒鳴りに近い大声での質問に、カリは目を白黒とさせる。
「アフが急に突き飛ばしてきたんだ。それで喧嘩になったんだよ」
そう事情を話せば、母親の怒りが収まるだろうと、カリは思っていた。
少なくとも父親が生きていた頃は、カリに完全な非がなければ、多少の注意で済ませてくれていた。
しかし今日は違った。
「なんてことをしてくれたの!」
母親は怒声を響かせると、掴んでいたカリを思いっきり突き飛ばした。
家の土間にカリは転がり、信じられないという顔を母親に向ける。
「僕が喧嘩を吹っ掛けたんじゃなくて、アフが!」
「あんたのバカな行動のせいで、今日働いた分の食料を没収されたの! 頑張って畑仕事をしていたのに!」
そう甲高い悲鳴のような大声を放ってから、母親は家の中にある寝藁に飛び込み不貞寝を始めた。
カリは、母親の態度に驚いて固まっていたが、ふつふつと怒りが湧いてきた。
事情を知ってもカリを非難した母親の態度と、子供同士が喧嘩した程度で報酬を巻き上げた者――恐らくはアフの両親、またはアフの家と関係が近い農家に対する怒りが。
だかカリは、その怒りを口からぶちまけることはしなかった。
悲しみに暮れている時の母親は、一切反応を返さないことを知っていた。そして村人の態度の変化から、どれだけ弁明しようと話を聞いてくれないだろうと予想がついた。
だから言っても無駄なのだと、カリの未熟な頭脳は判断を下した。
でも、頭では分かっていても、やはり幼心は納得しきれないものが残る。
「なんだよ、クソ……」
カリの目から、ぽろりと悔し涙が流れた。その涙を拭えるのが自分自身しかいないという、その寂しさを抱えながら。




