38話
カリとベティは、神官の私室へと入った。
「ベティ。そのベッドに寝転がって」
「えっと、ベッドに寝るの?」
ベティは、恐々とした様子で、ベッドに横になった。
その様子を見て、カリは小笑いの表情を顔に浮かべた。
「なに。いまさら魔法使いになるのが怖くなったとか?」
カリが揶揄う言葉を口にすると、ベティは顔を真っ赤にする。
「違う、怖くなんてないわ! ただちょっと、ベッドに寝ろって男の子に言われると……」
ベティは弁明を口にしながら、何かを警戒するような態度で、自身の服の腹のあたりを握りしめる。
カリは、そのベティの言葉と態度に、腑に落ちない気持ちになる。
「なにを疑っているか知らないけど、ベティをベッドに寝かせたのは本当に魔法使いになるのに必要だからだぞ」
「ベッドに寝ることが?」
「寝ること自体じゃない。魔法使いになるには、とっても痛いのを我慢しないといけないんだ。暴れるのを押さえつけるのなら、固い地面よりも、柔らかいベッドの方が体が痛くないでしょ」
「ベッドに押さえつけられるの!?」
ベティが自身の肩を手で抱くと、カリから距離を取るためベッドの端へと体を移動させていく。
まるで身の危険を感じているような素振りに、ここでカリはベティが何を危惧しているかを察した。
そして、カリ自身が十歳で、ベティがそれよりも年下――八歳なことを思い出し、真面目に対応することが面倒臭くなった。
「耳年増のクソガキかよ。おら、さっさと魔法使いにしてやるから、手を伸ばせ」
カリの要望を受けて、ベティがおずおずと手を伸ばしてくる。
お互いに手を握り合う形に繋いでから、カリは魔法使いになる際の注意点を改めて口にする。
「魔法使いになるためには、とても痛いのを我慢し続ける必要がある。その上で、魔術を使おうとしたり、気絶してはいけない。もしそんなことをしたら、体が破裂して死ぬ」
「痛みは我慢。魔術は使わない。気絶しない。分かったわ」
「それさえ守ることだけを考えてろ。痛みがまぎれたり、気絶しないために、叫ぶんだり手足を暴れさせてもいい。じゃあ、やるぞ」
カリは宣言した直後に周囲から魔力を集め、繋いでいる手を通してベティへと注ぎ入れた。
即座にベティの体内は魔力で満杯になり、そしてベティの魔央も最大まで膨れ上がって痛みを発生させる。
「うぎいいいい! 痛い痛い痛い痛い!!」
予想していた以上の痛みに、ベティはカリから手を放そうともがく。
しかしカリは繋いだまま話さず、さらに魔力を注入していく。
「いいいぃぃぃぃ! 痛いってばあ!!」
ベティは絶叫しながら、背をのけぞらせたり、バタバタと手足を振って暴れる。たまに、その手足がカリの体を叩くが、カリは魔法で打撃を防御する。
「もっと痛くなるぞ。もう一度注意するけど、魔術を使おうとするなよ、あと気絶もするな」
「こんなに痛かったら、魔術や気絶なんてできないわ! あぎょおいいいいいいい!」
唐突に魔央から来る痛みが一段超えてやってきた。
ベッドの上で腹を前に突き出すように仰け反った状態で、ベティが身動きを止める。これがベティが反射的にとった痛みが最も少ない格好だったからだ。
「はひ、はひ、はひはひ」
ベティは強烈な痛みで止まりそうになる呼吸を、意識して必死に繰り返す。もう痛みで叫ぶ余裕はない。
いまのベティの目にある感情は、安易に魔法使いになりたいと口にした後悔と、この魔法使いになるための作業を止めて欲しいという懇願だった。その感情が目から涙という形で溢れて滴る。
しかしカリは、作業を止めることはしなかった。止めればベティが死ぬと知っているからだ。
「もうちょっとで、魔法使いになれるはずだ。魔法使いになれさえすれば、痛みはなくなるから」
カリは更に魔力を注ぎ、ベティの仰け反り具合が上がる。
「はひはひはひはひ、はひはひはひはひ」
ベティの口から小刻みな呼吸音が繰り返される。その目は、浮かんでいた感情がなくなり、神官の私室の天井を見つめるだけになる。
呆然自失状態ではあるが、気絶はしていないため、カリは魔力注入を続けていく。
そして――
「あっ」
――と、ベティの口から何かに気づいたような声が漏れた次の瞬間、ベティの魔央が粉に変わって周囲へ弾け散った。
カリも周囲に展開されている自身の魔央を通じて現象を把握し、ベティが魔法使いになったことを理解した。
「どう、ベティ。魔法使いになった感想は?」
「ものすっごく痛かったけど、なってみちゃうと感動しかないわ。この何でもできそうな感覚を知っちゃうと、今までの私ってなんだったのって気になるわ」
ベティはゆっくりと起き上がってベッドっ脇に立ち、目から流れていた涙を拭い――やおら、その手を股の間へ。
カリは、最後の動きの意味が分からず目を向け、ベティの股間が小便濡れなことに気付いた。
痛みに耐えるため力を入れていて漏れたのか、それとも魔法使いになって痛みが消えて安堵したから漏れたのか。
ベティ自身、いつ漏れたか分からないものの、証拠隠滅はするべきだとは思い至った。
「ほ、ほら。もう私って、魔法が上手に使えるんだから」
ベティが押さえていた股間を放すと、先ほどまで濡れていたのが嘘だったかのように、綺麗な服がそこにあった。
「……ベティ。さっきまで寝ていたベッドの一部が、濡れたままなんだけど?」
「ひゃあ!? 乾燥! 乾燥!」
ベティは真っ赤な顔で魔法を使い、ベッドをふかふかに乾燥することで、証拠を隠滅してみせた。




