37話
カリは自身の魔央を通して、神殿の中以外に、この開拓村で生きている者は居ないことを確認した。
目で周囲を確認すると、徴税官との戦闘の巻き添えで、多数の家屋が壊れていた。それと、多数の人の死骸も。
「……意外と、悲しいって気持ちが湧かないな」
死んだ村人の中には、母親だった女性やアフのように迷惑をかけられた相手だけでなく、村の戦士のような優しくしてくれた人もいる。
その一切に対して、ああ死んでしまったんだなとしか、カリは感想を抱けなかった。
晴れぬ恨みが胸に残ったり、恩人が失われた悲しさが起こったりもしない、風のない空気のような無情な気持ちだ。
カリはそんな自分のことを、人でなしだなと感じながら、神殿へと足を向ける。
神殿に近づくと、カリが魔法で作った岩壁が武器によってつけられた傷と共に、倒れ伏している甲冑戦士がいくつか見えてきた。
カリは死体の生命活動が消えていることを再確認してから、神殿を囲っていた壁を消した。
「「わあぁ!?」」
そう驚いた声を上げたのは、神殿の中に逃げ込めた数少ない村人たち。
カリが二十人ぐらいの面々を確認すると、家族揃って逃げ切れた人はいないようだった。
その中でも、特に子供の数が少ない。生き延びられたのは、ほんの二人だけだ。
それがどういう意味に繋がるかを考えないことにして、カリは生き延びた面々に声を放つ。
「徴税官とその手下は倒した。でも、徴税官が死ぬ前に話したけど、このままだと追手が来るみたいだ」
カリがそう伝えると、村人たちの顔に悲壮感が浮かんだ。
そして悲壮から憤怒へと、村人の感情が変わっていく。
「なんで急に徴税官さまが村を襲ったんだ。税は確り払ってたのに……」
「理由で考えられることは一つきりしかねえだろ。そのカリの所為だ!」
「そうだ! カリが魔法使いになったから、徴税官さまが怒ったんだ!」
至った結論に縋るように、村人たちはカリに向かって罵詈雑言を放ち始める。
「お前の所為だ! お前が魔法使いになんてならなければ、村の皆が死ぬことはなかったんだ!」
「どう責任をとるつもりだ! こんなに人死を出して! 生中なことじゃ許せないぞ!」
「償いで、これから一生、私たちのために尽く――」
勝手な言い分を放つ面々の足元に、カリは火の魔法を打ち込んだ。
地面に突き刺さった火の魔法は、大きな爆発音を放った。しかし音だけで、何の被害も出さなかった。
しかし、足元を魔法で攻撃された村人たちは、ここでようやくカリが魔法使いであるという事実を認識できたらしい。
そして魔法使いは、あの徴税官がそうだったように、呪文を唱えなくて人を殺せる存在だと思い出したようだった。
「お、オレたちを殺すのか?」
「さっきの言葉は撤回する。だから、なっ」
「言い過ぎたわ。悪かったから……」
非難から一転して命乞いをする村人に、カリは溜息を吐きつける。
「はぁ~。話を戻すけどさ。あんたらは、これからの身の振り方を今決めてよ」
「それは、どういう?」
「さっき言っただろ。このままだと追手が来るって。言っておくけど、僕はもう助けないからな」
この村人たちを生き延びさせたのは、カリにとってはベティの命を助けきる際の、もののついででしかない。
そのベティにしても、迫害をしてこなかったから一度は助けてやってもいいという、カリが慈悲の心を発揮した結果でしかない。
そしてカリは、それらの人達を助け続ける気は一切ない。
気まぐれで助けたからには、気まぐれで見捨てる気でいる。
その宣告を受けて、村人たちは顔色を変えた。
「そんな! それじゃあ、どうしろっていうんだ! 追手に殺されてしまう!」
「村から逃げて他に行くなり、この村に残って戦うなりすればいいだろ。僕には関係ない」
「関係ないって、そんな薄情な!」
「僕がお前らに情を持っているとでも? むしろ恨みしかないんだが?」
カリが取り付く島もない態度を続けると、村人たちはカリに縋ることを諦めた。
村人たちは肩を寄せ合って話し合うと、この村を出ていくことに決めた。
「徴税官が乗ってきた馬車と、年貢に納める作物が乗った荷馬車。その中身を含めて、これらはオレらが貰っていく。それでいいんだよな?」
「僕には必要ないからね。ほら、行った行った!」
カリが追い払うように声を放つと、村人たちは神殿の外に出て馬車がある方へと走っていった。
後は勝手に生きていくだろうと、ここでカリは村人たちへの感心を一切なくした。
そのときカリに、ベティが声をかけてきた。馬車に向かった村人たちの中に、ベティは入っていなかったらしい。
「ねえ、カリ。質問があるのだけど」
「なんだよ、ベティ。君はもう村長の娘じゃないんだ。僕が何でもかんでも言うことをお聞くとは思わないで欲しい」
「質問は単純よ。魔法使いって、私も成れるのかしら? 成り方は?」
カリはどう答えたものかと悩み、そして事実を語ることにした。
「魔法使いにはなれるし、僕ならその手伝いができる。ただし、なるのに失敗すると、体が破裂して死ぬ。それでも、魔法使いになりたい?」
「成りたいわ! だって今日みたいに、何もできずに死にかけるなんて嫌だもの!」
ベティが語った理由を聞いて、カリは弱ったなと感じた。
カリが今までの人生で頑張って努力し続けたのは、常に生き延びるためだった。
それと同じ理由で力を欲する存在を無下にしては、カリはカリを助けてくれなかった村人と同じ存在になってしまう。
そんな存在に堕することは、カリにとって我慢ならない。
「分かった、ベティを魔法使いにしてあげるよ。僕の注意を守れば、死ぬようなことはないから」
「よかった。じゃあ早速、私を魔法使いにしなさいな」
空威張りするベティの手を引いて、カリは神殿にある神官の私室へと向かうことにした。
あの場所なら、魔法使いになる方法を使っている姿を、村から離れようとしている村人たちに公開しなくて済むからだ。




