34話
開拓村で畑の収穫が行われた。
前まではカリも収穫に参加していたが、今回は戦士階級になったことで免除された。
村の子供の中にはカリに魔法でやってよと強請ってきた子がいたが、カリは願いを叶えなかった。
事前に村長から魔法を使って収穫するのは止めてくれとお願いされていたし、畑を持つ家の大人たちがカリを信用していないことが表情から丸わかりだったからだ。
特にカリが許したことで、小作人に落ちずに済んだ家族たちは、カリに自分たちの畑に入られることを強く嫌がった。確実に何かされると考えている態度だった。
そんなことがありつつも、畑の収穫はつつがなく終わった。
収穫量は、例年よりやや少ないぐらいというのが、村長の見立て。
少ないといっても、税を納めても村人が次の収穫まで飢え死にしない程度の食料は残ると、村長は続けて説明した。
そうして平穏無事に収穫が終わってから数日後に、徴税官が村にやってきた。
カリは村の出入口で戦士の役目をやっている最中に、徴税官が近づいてくる様子を察知した。
カリが自然と周囲に展開している、巻き散った魔央による感知範囲。その感知の中に、今までに感じたことのない異質な物体が入ってきたのだ。
それは、魔央から伝わる感知の感覚だと、家一軒分ほどの大きさの泥。
この泥の正体は、恐らく徴税官が展開している彼の魔央。
濃霧のようにカリの魔央が満ちている空間の中を、徴税官の魔央はその泥めいた密度と質量でもって押しのけつつ進んでくる。
「嫌な感覚だな」
自身の魔央から伝わる、口の中に無理矢理指を突っ込まれているような不快感。
カリは眉を寄せながら、他の戦士たちに徴税官が来たようだと伝えた。
戦士たちが村中に知らせて周り、村長宅の前で村人総出で出迎える準備を整える。カリだけは、村の出入口を守る役目だからと、村長宅の前ではなく出入口に立ったままでいるよう、村長から命じられた。
そうした出迎えの用意が終わったころ、馬車に乗った徴税官が村にやってきた。
ここでカリは、徴税官の泥のような魔央の範囲内を視認し、驚いた。
徴税官の馬車と、税を徴収するための荷馬車があるのは例年通り。しかしその二つの馬車を囲んで守るように、甲冑と武器を持った人達が二十人歩いていたのだ。
カリは、例年とは違う甲冑姿の者たちを警戒するが、徴税官を村に入れないわけにはいかない。守っていた出入口から退き、二台の馬車とそれを守る二十人の戦士らしき人達を村に入れた。
馬車が村長宅へと向かう音を聞きながら、カリは立ち位置を元に戻し、自身の魔央が伝えてくる感覚に集中する。
カリの知覚は、徴税官の乗った馬車が村長宅の前に着いたことを伝えてきた。
徴税官の魔央に邪魔されて、カリの魔央は普段よりも鈍い感覚しか伝わってこない。それでもどうにか、どういう状況下を把握することぐらいは出来そうだった。
立ち並んだ村人を代表して、村長が前に出る。徴税官と挨拶を交わしながら、今回の収穫で得た作物の量が記載された帳簿を渡す。
徴税官は帳簿を一瞥すると、荷馬車に乗っていた作業員に手振りで指示を発した。
作業員は一斉に村長宅の倉庫へ行き、次々に作物を荷馬車へと移していく。
何時もの光景だなと、カリが安心するのは早かった。
なぜなら作業員たちは、例年で持っていく量を超えて作物を荷馬車に移していっているからだ。
作業の異常さに、村長も気づいたようだ。
村長は恐々とした態度ながら、徴税官にどういうことかを問いかける仕草をした。
すると徴税官が何かを言い、村長だけでなく村人たちにも動揺が広がった様子になる。
カリは嫌な予感がして、持ち場を離れて村長宅へ向かおうとする。
カリは瞬間移動の魔法を発動させようとして、しかし村長宅の前――徴税官の泥のような魔央がある場所に直接行くことが出来ないことを知った。
「僕の魔法が届く範囲は、僕の魔央がある場所――つまり徴税官の魔央は範囲外ってことか」
それならと、村長宅の徴税官の魔央がない場所へと転移し、そこから走って村長宅へと向かおうとする。
カリが転移して村の中に出現すると同時に、村長の悲鳴が上がった。
「あぎいいいいいいいいいいいいいい!」
村長の体が、松明のように燃え上がっている。昔に、税を誤魔化した男が燃え上がって灰になった光景が、カリの脳内で再演される。
カリは魔法で村長を助けようとするが、徴税官の魔央に邪魔されて上手くいかない。
そうしてカリが手をこまねいているうちに、燃える村長は地面に倒れ、そして馬車を守っていた甲冑戦士たちが鋼鉄の武器を抜いた。
どうして戦士が武器を抜いたのか、その理由をカリは正確に理解した。
「チッ。みんな、神殿まで逃げろ! 殺されるぞ!」
カリが警告を飛ばしたが、即座に内容を理解できた者は少なかった。そして即座に逃げられた者は皆無だった。
まず甲冑戦士たちの手近にいた村人たちが、振るわれた武器の餌食になった。大人も子供も関係なくだ。
血飛沫を上げて絶命する人を見て、ようやく他の村人たちは異常事態だと理解したようだった。
「逃げろ! 神殿まで逃げろ!」
再びカリが叫ぶように言葉を発すると、村人たちは我先にと逃げ始めた。
逃げ始めた村人の中で、村の戦士たちだけは甲冑戦士たちへと戦いを挑んでいく。村人を逃がしきるまでの殿を務める気のようだ。
しかしその戦士たちの判断は、間違いだった。
村の戦士たちがいる場所は、徴税官の近く――そう、徴税官の魔央の内側だったのだ。
徴税官がぞんざいに右手を振ると、殿を務めようとした村の戦士たちが全員燃え上がった。
「「「あんぎゃああああ!」」」
徴税官の魔法で燃える人たちを、甲冑戦士は蹴り倒す。その後で、逃げ始めた村人の背を狙って武器を振るい始める。
逃げた人の中で、徴税官の魔央から脱した村人は、カリの魔法が通るため助けることができた。
しかし徴税官の魔央の内にいる人については、カリは助けることができない。
その魔央の範囲から逃げきれていない村人の中に、カリの母親だった女性と連れ合いの男性、アフとその手を引く父親、燃えて灰になった村長の亡骸の脇で座り込むベティがいた。
ここでカリに、選択肢が浮かんだ。
逃げきれていない村人全員を見捨てるか、見知った誰かを危険を冒して助けにいくかだ。
カリは、十年の人生を思い返して、自分に対して何の罪もなベティだけを助けることに決めた。
「岩よ、落ちろ!」
カリは自分の魔央に命令する形で、魔法を発動した。
徴税官が展開している彼の魔央の直上に、人の背丈を優に超える岩の板を多数出現させ、それを自由落下させた。
その岩の板の何枚かは、徴税官の魔央に入った瞬間に打ち砕かれてしまう。
しかし降り立つことに成功した岩の板や割れて散った岩の落下によって、甲冑戦士が村人に武器を振るう手を止めさせることはできた。
カリは魔法で自分の身体に力を漲らせると、もの凄い速さで駆け出し、その速度を維持したまま徴税官の魔央に突入した。
そして一直線に地面に座り込んでいるベティに走って近づき、両手で抱え上げて離脱を開始する。
直後、カリは嫌な予感を感じて、近くにあった岩板を蹴って上空へ向かって駆け上がる。
先ほどまでカリが居た場所の周囲が、急に火で包まれた。その範囲にいた村人だけでなく、甲冑戦士までもが燃え上がる。
「いぎあああああああ!」
「なんでええええええ!」
火に巻かれて叫喚する人達の中に、カリが見捨てる判断をした全員――母親だった女性やアフたちが確認できた。
カリは岩板を駆けあがって上空へ飛び上がり、徴税官の魔央の範囲から脱出する。そして自分の魔法が使えるようになるやいなや、神殿へと瞬間移動した。
「ベティ。しっかりして、ベティ」
カリは茫然自失状態のベティに魔法を使い、強制的に平静を取り戻させた。
「ねえ、カリ。お父様が、お父様が燃えて。カリの魔法なら、治せたりできないの?」
「僕の魔法でも、死んだ人は生き返らせることはできないみたいだ。そう分かる」
「そんなぁ」
残酷な現実に涙目になるベティに、カリは魔法で再び平静を取り戻させる。
「ベティ聞いて。この神殿に逃げることが出来た人が来る。決して外に出ないように言って、引きこもっていて」
「わ、わかったわ。でも、じゃあカリは?」
「僕は徴税官と戦う。こんな真似をしたのか、聞く必要もあるから」
カリはベティに勇気が出る魔法をかけてから、瞬間移動で徴税官の近くに戻った。




