32話
カリが魔法使いになったことは、最初にベティに口止めしなかったことで、開拓村中に知れ渡ってしまった。
しかし村の大人たちは、特にカリに関わろうとはしなかった。
魔法使いになったという情報よりも、カリが戦士として独立したという情報の方が重要事だったからだ。
大人たちは、彼ら彼女らにとっての理屈はあったとはいえ、カリを迫害してきた事実があると自覚していた。
そしてカリがなった戦士は、攻撃魔術を修めた存在で、野生動物や魔物相手を殺せてしまう存在だ。
もっと言えば、動物や魔物を殺せるということは、その技術の向ける先を変えれば人だって殺せるということ。
だから大人たちは、カリを恐れる。
村長の説得で、カリは迫害に対する村人たちへの恨みを鎮めてくれた。しかし下手にかかわって怒りが再燃したら、攻撃魔術で殺されてしまうんじゃないか。
これが村の大人たちの共通認識である。
この認識は、ある意味で合っていて、ある意味においては間違っていた。
カリは、戦士よりも強力な魔法使いだ。そして、村人から迫害されたことで人に対する無償の愛を失っている。さらには攻撃魔術の練習で動物や魔物を倒した経験と、不注意とはいえ神官を死なせてしまった体験から、人を殺すことに躊躇がない精神性を得ている。
だからカリがその気になれば、村の大人など一瞬で全滅させることが可能だ。
しかしカリは魔法使いになり、簡単に人が殺せるような存在に変化したことで、村人たちへの興味が薄れた。
いまのカリにとって村の人たちは、その辺に生えている雑草と同じ扱いだ。
多少の害はあるが、その害が取るに足りなかったり、自分と関係のない場所に生えているのなら、駆除する必要がないと考え得ている。
それこそ、過去に雑草の存在に悩まされたからといって、その雑草を取り除いたところで何の得にもならないなら、わざわざ労力を払ってまで草抜きをする気になれないという感じだ。
だから村の大人たちが怖がっているように、多少の関わりを持ったところで、カリは怒りだしたりしない。
人が風に揺れて騒めく雑草に向かって、ざわざわうるさいと怒鳴り散らしたりしないようにだ。
そういうカリの心境を、大人たちは感じ取れなかったようだが、村の子供たちは違った。特に、幼い子であればあるほどだ。
「ねえ、カリ! 魔法使いになったって本当?」
カリが村の出入口で立っていると、唐突にそんな声をかけられた。
声の主を見ると、五歳ほどの少年が立っていた。
その少年は一人だけでなく、周囲に彼の友達らしき男女が数人いた。その友達の年齢も、少年と上下一歳差ぐらいのように見えた。
いや、一人だけ年齢が高めの人がいた――ベティだ。
「……ああ、本当に魔法使いになったよ」
カリは少年の問いに優しい声色で答えながら、視線をベティに向ける。視線に、これはどういう意図だという意味を込めて。
するとベティは、悪びれもしない様子で、カリにお願いを口にした。
「この子たちの間で、意見が割れて収集がつかなくなったの。カリが本物の魔法使いか、偽物かって」
「それで俺に、魔法を見せてもらおうと、ここまで来たって? いま魔術の練習の時間だろ?」
カリは上空に顔を向けて、日は未だ中天に至っていないことを確認しながら注意の弁を述べた。
ベティは、仕方がないでしょと言いたげに、腰に手を当てて胸を張ってみせてきた。
「神官さまが失踪しちゃって、戦士の人達が教えてくれるけど、本業じゃないから教えるのが上手じゃないの。だから魔術の練習に飽きる子が多くて」
カリは事情を理解し、まあ魔法を見せるだけなら構わないかと考え直した。
「魔法を見せるっていっても、こんな、かんじ、で、火や水や光を出したところで、魔術と変わらないと思われそうだな」
カリが呪文も唱えずに、右手から火を噴き上げを、左手から水を地面に零し、頭の上に光の球を浮かべながら、子供たちの反応を見る。
子供たちは、三つの魔法が出現したことに目を輝かせているものの、いまいち凄さが通じていない様子だった。
だからカリは、魔術では絶対できない体験をさせてあげることにした。
「まずはベティにしてあげよう」
「えっ、私!? え、ええ!!」
カリが気取って指を一振りすると、ベティの体がひとりでに地面から浮き上がり、空中に漂い始める。
「ちょっと、カリ! 私、スカートなの! 中身が見えちゃう!」
「手足は自由に動かせるんだから、スカートを押さえればいいでしょ」
カリは空中でわたわたと膝を抱える体勢になり、両腕で太腿裏を抱く形でスカートを押さえる。
そんな丸まった格好で宙に浮かぶ姿に、子供たちは大喜びになる。
「ねえねえ! 次はぼく、ぼく!」
「ずるい! こっちが先!」
「はいはい。全員一気に浮かばせるから、準備はいいか?」
子供たちが一様に頷いたのを見てから、カリは魔法を発動させた。
子供たちの足が地面から離れ、ふわりと空中に浮かび上がる。
「うっわ、すっげー!」
「飛んでるよ!」
「わわっ。ひっくり返りそう!」
子供たちはベティよりも順応が早いようで、手足を振り回すと体勢が変えられると知ってからは、ぐるぐると空中で回転を始めていた。
カリは、振り回す手や足が当たらないよう、空中に浮かべたまま子供たちの間の距離を離していく。
やがて、子供たちがはしゃぎ過ぎで疲れた様子に変わったところで、カリは全員を地面に下した。
「どうだ、魔法使いだって納得したか?」
「「「うん!」」」
子供たちは大満足という表情になると、疑問が解消されてここにいる必要がなくなったからか、勝手に神殿へと走り出していく。
その後ろ姿を見て、ベティが慌てて追いかけ始めた。
「こら、待ちなさい! あと、カリ。ありがとうね!」
子供たちとベティが走り去っていくのを見送ってから、カリは村の出入口を守る役目に戻った。
まあこんな日もあるよなと、そんなことを考えながら。




