27話
神官の死体を隠滅した後で、カリは村長宅へと足を向けることにした。
どうせ村長は、神官の失踪がカリの仕業だとするのだからと、自分の口から真実を語ることにしたのだ。
「村長、いますか?」
家の扉を叩くと、すぐに扉が開いた。
しかし出てきたのは、村長ではなく、その娘のベティだった。
ベティはカリを目にして、昨日倉庫で怒鳴って逃げたと父親の村長から教えられていたので、とても驚いた顔になる。
「えっ、カリ。なんでうちに?」
「村長に用があってきたんだけど、家にいる?」
「お父様? いま朝食を食べるところだったから」
「家にいるのなら、上がらせてもらえない?」
「良いと思うけど。あっ。カリの分のご飯はないわよ!」
朝食を集りに来たのだと思われたことに、カリは苦笑しながら否定する。
「朝食は要らないよ。本当に村長に言うことがあるだけだから」
「本当に――って、カリってそんなに福々(ふくふく)した見た目だったかしら?」
「この体を見れば、食事は必要ないってわかるでしょ」
「うん、そうね。じゃあ、お父様のところに連れていくわ」
ベティに先導されながら、カリは村長宅の中へ。
流石は村長の家だけあって、カリの父親がが生きていた頃に住んでいた家よりも内装が立派だ。家具一つ一つが手間暇かかった造りだし、並んでいる小物も色鮮やかでありながら品よく佇んでいる。
そうして食卓までやってくると、そこも他の家とは違っていた。
食卓には、案内してくれたベティ以外の、村長宅に住む全員が座っていた。村長、その妻、そしてカリよりかなり年上の男子が二人。どうやらベティは、兄たちからだいぶ年が離れて生まれた末っ子だったようだ。
食卓には品数多い朝食が並び、焼きたてのパンが山盛り籠に入れられて中央に置かれている。その一人分の食事で、昨日までのカリが一日で食べる分以上はあるように見える。
カリがそんな観察をしている間に、ベティが村長の元へと走って行っていた。
「お父様。カリがお父様に用があるのだそうよ」
「そうなのか。なら一緒に朝食を取りながら聞くとしようか」
ベティの前だからか、村長は朗らかな顔でカリに提案してきた。
しかしカリは首を横に振る。
「お腹いっぱいなので、朝食は食べられません」
「? たしかに、腹いっぱい食べたような見た目だが?」
村長は、昨日倉庫で見たカリと今のカリとでは、見た目が変わっていることに気付いた。
しかしどうして違っているかまでは、理解できなかった。
「朝食は食べられずとも、飲み物はとれるだろう。おい、なにか出してやってくれ」
「では、お茶をお出ししましょうね」
村長の妻が席を立ち、台所から木のコップを手に戻ってきて、そのコップをカリに手渡した。
コップの中身は、煮だしてから冷ました、野草を煎じて作る茶が入っていた。
「ありがとうございます」
カリが茶を一口飲むと、それを合図にしたかのように、村長たちも朝食を食べ始めた。
豪華な食事だなとカリが見ていると、村長が食事を続けながら話を向けてきた。
「それで、どうしてこんな早朝に? 昨日の提案を受け入れる気になってくれたのかな?」
そう質問を受けて、カリはあの件を考えていなかったことと、どうでもいいという気持ちでいることに気付く。
昨日までのカリは、アフを初めとする冤罪をしかけてきた子供たちを裁く力を持っていなかった。だからこそ、村長から許してやれと言われて、受け入れられないと反発した。
しかし今のカリは魔法使いだ。アフたちとその家族を罰しようと思えば、魔法を使えば簡単に行えてしまう。
その事実を考えると、村長の提案を受け入れても良いような気がしてくる。
なにせ、なにかカリにとって不都合なことをアフたちがまたやってきても、そのときは魔法で対処すればいいと思えるからだ。
「そうですね。村長の昨日の提案、受け入れてもいいです」
カリの言葉に、村長の朝食を取る手が止まる。まさかカリが許すとは思っていなかったのだ。
しかしカリは、村長が口にしている朝食を飲み込んで言葉を放つ前に、いま思いついた条件を口にすることにした。
「ただし、僕が戦士になる許しを与えることと、母親との絶縁を後押ししてくれることが条件です」
カリは魔法使いになったことで、開拓村という小さな社会に拘る気はなくなっていた。
戦士階級になることや母親の対処についても、カリは本気で欲しているわけはない。
しかしながら、今まで自分が頑張って魔術を学んだ努力に対する報酬と、これからの人生で確実に邪魔になる母親との決別が必要だとは感じた。
つまるところ、けじめや区切りのための要求だった。
そんなカリの要求に対し、村長は相貌を崩すほど喜んだ。
「あの者たちを許してくれるのなら、それぐらいの条件は受けれるとも。戦士の身分の確約と、母親との絶縁だな。朝食を終えたら、それを認める書状を書こう」
カリが許したことで心配事がなくなったため、村長の朝食を食べる手が進んでいく。
カリはお茶を飲みながら食卓の風景を見つつ、指を一振りする。
ベティがパンを一つ食べて口を膨らませた状態で、次のパンを取ろうとしていた。だからカリは、魔法でパンを一つ籠から浮かし、ベティの前へと移動させてあげたのだ。
ひとりでにパンが宙を浮いて移動したことに、ペティはパンが近くに来てくれたと喜んで受け取り、それ以外の村長家族は驚きで身動きを止めていた。
そんな村長たちに向って、カリは言葉を口にする。
「言い忘れてました。僕、魔法使いになったみたいです。いま見た通りに」
再度カリが指を振ると、籠にあったパンが全て宙に浮き、村長家族全員の前に一つずつ移動した。
呪文もなしに不思議な現象を起こすのは、魔法使いでないとできないこと。
村長は、カリが魔法使いになったという言い分を、信じるしかなかった。




