中途半端
たまには趣向を変えて短編小説を。
少し前まで肌寒かったのが嘘のような暖かさに私は上着を脱ぎ、鞄の中にしまう。天気予報では今日は一日快晴との予報だったので昼にかけてまだ気温が上がりそうなことに内心溜息をつく。
建物の間から時折眩しい陽光が下を通る人々を照らす。改札前には休日だからか多くの人でごった返していた。私は券売機で切符を買い、改札を通る。この電車に乗るのも久しぶりだ。
(確か三角印の四番の一番前に乗れば目的の駅の階段の前にドンピシャで降りれるんだっけ、)
と昔の記憶を辿りながらホームに立つ。
しばらく経ったのち定刻通りに電車が警笛を鳴らしながらホームに滑り込んで来た。ドアが開き私は乗り込み、反対側のドアの前に吊り革に掴まりながら立った。
電車は動き出し駅から少しずつだが速度を上げ離れていく。私は電車の揺れが懐かしくもあり心地よかった。車窓はごちゃごちゃとした街の景色を映していたが、やがて建物は減っていき青々とした森を映すようになった。所々眩しい白桃色があり、観光客らしき乗客がカメラを向けて写真を撮っていた。
電車に乗って二時間あまり、長いトンネルを抜けた先に私の『目的地』はあった。ここに来るのは実に一年と二日ぶりだった。電車が駅に近づくにつれてスピードを落とす。
電車のドアが開きホームに降り立つ。この駅で降りた人は自分以外にいないようだった。相変わらずの無人の改札を通り駅から出る。
久しぶりの町はあまり変わっていないように見えた。でもそれは普段から見慣れてないからそう見えるだけかもしれない。
この町は私の故郷だった。六年前、就職のためにこの町を出るまでこの町から出たことすらなかった。
駅を出て線路沿いに続く道を私は歩く。しばらく行くと見慣れた交差点が見えてきた。角にあったはずのパン屋は全国チェーンのコンビニに変わっていた。それを見て私は少し物悲しく感じた。ここにあったパン屋には行く前によく寄っていたのだ。パン屋のおばちゃんは元気にしているだろうか。いつもおまけでメロンパンを袋にこっそり入れてくれていた。それを二人で食べたんだっけ。
そんなことを考えながら歩いていたからか目的地に着くまでに三度も道を間違えた。もしくは記憶があやふやだったのだろう。思ったより時間がかかり着く頃には夕方前だった。白い壁の一軒家。昭和風の作りだがそれでも小綺麗なのは家主の手入れが行き届いているからに違いない。
私は家の門扉を開け小さな庭を横切り玄関のインターホンを押す。しばらくするとドタドタと階段を降りる音が聞こえドアが開いた。
「はい、どちら様でしょう、、まあ翔太君。」
「こんにちは、里江おばさん。ちょっと過ぎてしまってすいません。」
「忙しかったんでしょう。上がっていきなさい。」
そう言っておばさんは中に入れてくれた。
「おばさん、吉彦さんは?」
「旦那は仕事、最近忙しくて」
家の中は綺麗に片付いていた。綺麗すぎると言ってもいいほどだった。
それはおばさんが旦那さんと二人暮らしですることがなく、片付けで時間を潰しているように感じた。テーブルに座って待っているとおばさんは紅茶の入ったマグカップを三つ持ってきた。
「これ東京のお土産です。」
「ありがとう。あの子も喜ぶわ。」
そう言っておばさんは私の前とおばさんが座るであろう席にカップを置き、残り一つのカップと私の持ってきたお土産を持って隣の和室に持って行った。それに続いて私も和室に入る。おばさんは仏壇にそれらを供えると
「あの子に、話しかけてあげて。」
そう言って部屋を出て行った。私は鞄の中から上着を出し、潰れないように入れていた花を供える。線香に火をつけ手を合わせる。
「もう亡くなって六年も経ったのか。長いようで短いようだね。」
私は写真に向かって話しかける。
「亡くなったことが嘘のようだよ。今でも昨日のことのように夢に見るよ。」
彼女が亡くなったのは六年と二日前だった。その日のことは鮮明に覚えている。あれは二人で出かけた帰り、パン屋の交差点の前で別れた後だった。居眠り運転のトラックが歩道に突っ込み信号待ちをしていたところに突っ込んだ。即死だったそうだ。
私がそれを知ったのは休日明けだった。前日からメールが返って来ず変だなと思っていた。いつもの待ち合わせの交差点で待てどもいつまで経っても来なかった。家まで訪ねたが留守だった。私は不信感を抱きながらも学校に向かった。そして学校で事故に遭ったことが知らされ次に会えたのは葬式の時だった。
私は葬式中も終わった後も泣けなかった。悲しいはずなのに涙が出てこない。遺体を見た時でさえ死んでしまったということが理解できなかった。数日経って突然ひょっこりと戻ってきそうな気がしていつもの道を歩いたりした。でもそんなことはなかった。いつまで待っても戻って来ない。
やがて私はこの町にいることが辛くなった。この狭い町の中、どこにいても二人で過ごした記憶が蘇った。それは私に非常な現実を突きつけた。だから私は卒業と同時にこの町を出て就職したのだ。
「私は都会でも元気でやってるよ。」
私は都会の暮らしや、今の流行り、仕事の失敗談などをとめどなく話した。ひと段落着く頃には日が暮れていた。私はもう一度手を合わせるとおばさんにおいとますることを伝えた。おばさんは別れ際に
「今日はありがとう。もう、無理して来なくてもいいのよ。」
と言った。私は頭を下げて家を出た。
日はとっくに暮れてしまっていて昼間に暑さは嘘のようだった。私は街灯が照らす道を鞄から上着を取り出しながら歩いた。おばさんは最後に言った言葉はおそらく本心で言ったのだろう。
彼女が死んでから苦しんできてようやく、忘れかけてきていたものが私が毎年訪れることによって思い出すのだろう。おそらく忘れることによっておばさんは悲しみから前に進もうとしているのだ。そんなおばさんを私はなんだか邪魔しているように思えた。
それなのに私は未だに彼女を引きずって生きているような気がした。今でも彼女との夢は見るし、ふとしたことで彼女との思い出に耽ったりもする。でも時折彼女との思い出の記憶が薄れていっているのを感じる。私はそんな中途半端な自分がたまらなく嫌になる。
彼女の家の帰りに私は角のコンビニに寄った。帰りの電車で食べる夕食を買おうと思ったが、ふとパンの棚にあるメロンパンに目が止まる。結局私はメロンパンのみを買ってコンビニを出た。コンビニを出て駅とは反対方向へと進む。住宅街を抜けて、小山の遊歩道を登った先に彼女の墓はあった。
私は墓の前に立ち、メロンパンの袋を開けて半分を墓に供える。
久しぶりに食べたメロンパンはちょっぴりしょっぱい味だった。