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8話 クマ?

「河合ー! 途中まで一緒に帰ろう」


「藤原」


 校門を出たところで藤原と遭遇した。自宅までの帰り道もほぼ同じであるし、特に断る理由もないので了承する。俺も彼女に言いたいことがあったので丁度よかった。


「藤原さー、俺が巧路斗学苑の試験受けたって言いふらしてんの?」


「えっ……」


 藤原に問いただすと、彼女はあからさまにしまったという顔をした。湊が藤原から聞いたというのは事実だったようだ。


「あー……えっと、言ったらマズかった?」


「マズいっていうか、合格したわけじゃないのに色んな人に知れ渡ってるのが嫌なの。落ちたら気まず過ぎるわ」


「それは大丈夫!! 河合は絶対合格するって」


「何を根拠に言ってんのよ。こちとら二次試験が何をするかもまだ分かってないってのに」


「……そうなんだ」


 また言いふらされては堪らないので、これ以上試験について詳しくは話さなかった。応援してくれるのはありがたいけど、落ちる可能性もあるということは理解していて欲しい。


「なんかごめん。勝手にはしゃいで、河合の気持ち考えてなくて……」


「いいよ。俺も口止めとかしてなかったわけだし。でも、これからはやめておいて」


 藤原は小さく『うん』と頷いた。その後はふたりとも口数が少なくなり、居心地の悪い時間が流れていく。そんな空気に耐えられなくなった俺は、別の話題を振ることにした。


「あー……そういやさ、この前うちの店に変な客来たんだよね。カエルのマスク被った見るからに怪しい感じの……」


「ねえ、あれ……小山君じゃない?」


 カエル男の話題は華麗にスルーされてしまったが、藤原が別の事に意識を向けたので、さっきまでの重苦しい空気は無くなった。

 俺たちが歩いている道から数メートル先に橋がある。その橋の真ん中あたりに小柄な男性が佇んでいた。目を凝らしてみると藤原の言う通り、そこにいたのはクラスメイトの小山だった。あんなところで何をしているのだろう。


「まだ私たちには気付いてないみたい」


 小山の家は俺たちとは方向が違ったと思う。昼休みに少し揉めたこともあり、もしや自分を待っていたのではないかという考えが頭を過ぎる。

 この橋を渡らないと俺も藤原も家に帰れない。小山の存在に不穏なものを感じつつも、橋へ向かって歩を進めた。


「あっ、行っちゃった……」


 俺と藤原が一歩踏み出したのとほぼ同時、小山は逆方向に走って行ってしまう。俺たちが近付いていたのに気付いたのだろうか。彼は逃げるようにその場を後にした。とりあえず俺を待ち伏せしていたわけではなかったらしい。


「あいつ……こんなとこで何やってたんだろうな」


 橋の真ん中付近……小山がいたと思われる場所に自分も立ってみる。そこから周囲を見渡してみるが、特に変わったものは見つからない。橋の上ということもあり、風が少し強めに感じたくらいで……


「風か……」


「河合?」


 神経を研ぎ澄まして、そこに居るかもしれない存在の気配を探ってみる。すると、僅かではあるけど感じ取ることができた。まるで語りかけるように俺の心に響いてくる。向こうも俺が『分かる人間』だと気付いたようだ。肌を撫ぜるように吹く風は、洗いたてのシーツに優しく包み込まれているみたいに心地良い。

 間違いない……この橋の周辺には幻獣(スティース)がいる。恐らく風を操ることができるのだろう。そこまで強い力を持っているわけではなさそうだけど、人間に対して優しくて友好的だ。

 スティースの気配を感じ取り、その存在を正しく認識する……魔道士に必要な適正のひとつ。

 もしかして……小山もここにスティースがいるのが分かったのだろうか。だからこんな所でひとりでぽつんと立っていたのかもしれない。


「……なんでもないよ。早く帰ろうぜ」


「あっ、うん……」


 真実は小山に聞いてみないことには判明しない。憶測で適当なことを言うべきではないよな。


「そうそう、さっき言いそびれたんだけどウチに変な客が来てさぁ……」


 怪訝そうな顔をしている藤原を軽くあしらって、俺たちは帰路についた。話題を逸らすために、さっきスルーされたカエル男について改めて藤原に伝えたのだった。

 予想通り……カエル男の話は相当インパクトがあったようで、彼女の興味は完全にこちらに移行した。


「そのカエルってさ……もしかして、最近この辺に出るって噂になってる不審者かな」


「藤原もそう思う? そりゃあんな格好でうろついてたらみんな警戒するよな……って」


 俺と藤原は息を呑んだ。驚き過ぎると声って出なくなるんだな。初めての経験だった。

 橋を通過して5分程度……雑談をしながらのんびり自宅に向かって歩いていたんだ。そんな俺たちの行く手を阻む存在が現れた。いやいや、こんなことってあるのか。


「なんだアレ……」


 やっとの思いで口から出た言葉がこれだった。本当に意味が分からなかった。驚きと困惑……そして恐怖。色んな感情がごちゃ混ぜになっていた。カエル男の話なんてしたから呼び寄せてしまったのだろうか。だとしたら俺のせいだな。


 俺たちの目の前にマスクを被った男が立っていた。数日前、うちの店に現れたカエル男とよく似ているが、被っているマスクはカエルではなかった。茶色の……何かの動物なんだろうけど、名前は分からなかった。仮にクマとしておこう。

 クマ男は俺たちの方を無言で見つめている。カエルの仲間か? それともマスクを変えただけで中身は同じなのか。こんな得体の知れないヤツが複数いたらと思うとゾッとする。

 藤原はまだ言葉を発することが出来ない。体は小刻みに震えていた。怖いんだろうな。俺だってめちゃくちゃ怖い。運の悪いことに、周囲には俺たち以外に人がいる気配がなかった。どうする? どうやってこの場を切り抜けよう。


「あのさぁ……」


 分厚い布越しに発せられたそれは、くぐもっていて聞き取りづらかった。それでも確かに聞こえた。


「そこの少年に話あるんだけど……」


「ひっ!! しゃっ、しゃべったぁー!!!?」


 さっきまで恐怖で声が出せなかった藤原が叫んだ。

 なんとクマ男……普通に話しかけてきた。

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