62話 仮契約(3)
「あー……これはね。ちょっと口で説明するのが難しいな」
はぐらかさずにちゃんと答えて欲しい。だって物凄く怖かったんだ。身の危険というものを感じてしまった。
「さっき言ったよね。透に僕の幻獣を使わせるつもりだって。その準備をしようとしたら流れであんな感じになったというか……あっ! もちろん、透に痛い思いをさせるつもりは全然無かったから!! そこは誤解しないでね」
説明が難しいと本人が言った通り、話を聞いてもいまいちピンとこなかった。スティース絡みだという事がかろうじて読み取れたくらい。あの行動が悪意からくるイタズラでなかっただけ良しとしようか……
「僕が有期契約を結んでいるスティースは5体。彼らは高ランクと呼ばれているものたちよりも上位に位置付けされている。当然、その辺の魔道士に扱える代物じゃない。でも、透は違う。君は僕の期待に応えられるだけのポテンシャルがある」
時雨はただでさえキラキラしてる顔を更に輝かせながら力説する。どこから突っ込んでいいのやらだ。
クラスブルーが貴重なのは理解している。俺を高く評価してくれているのもブルーだからだ。しかし、俺が魔道士になるための勉強を始めたのはここ数年のはなしである。
圧倒的に知識と経験がない。だからこそ玖路斗学苑に入学して本格的に学ぼうとしているのだ。現在の俺は時雨が言う、その辺の魔道士以下の存在であることは疑いようがないだろう。
「何度も伝えたけど、俺は学苑に入学すらしてないのよ。見込みがあるって言って貰えるのは光栄だよ。でも、契約とかそういうのは、俺がきちんと合格して実績を積んでからでも……」
「透、これはもう決定事項なんだ。君の不安や愚痴は僕がいくらで受け止めるし、今後も全力でサポートする。だからもうぐだぐだ言わずに腹を括って下さい」
「はぁ? そんな、無茶苦茶な……って、うわっ!!」
時雨に両肩を強く掴まれたと思ったら、そのまま後ろに押し倒される。俺は再び仰向けの状態でベッドに横たわることになってしまった。そんな俺に覆い被さるように時雨が体を移動させる。
「ちょっ……何すんだよ!!」
「無知は罪なりなんて言うけど、本当にもどかしいな。こんなに美しいのに、他ならぬ本人がそれを自覚していないのだから……」
触れてしまいそうなほど近くに顔を寄せられ、耳もとで恨みごとのような言葉を投げかけられる。時雨の吐息が肌を掠める。背筋にぞわりとした感覚が走った。
「きっと君ならどんなスティースでも簡単に手懐けられるだろう。だって君の側は心地が良い。ずっとこうしていたくなるくらい……そう、とても綺麗で……すごく美味しそう」
「……時雨さんっ!! ちょっともうシャレにならんから。どいてよ!!」
まるで熱に浮かされているみたいだ。時雨の様子がおかしい。いや、そんなの今更なんだけど……明らかにこれまでとは異質というか……空気が変わった。
時雨が俺の体を思い切り抱きしめてきた。おさまっていた恐怖心が一気に湧き上がってくる。振り解こうともがいてみたがびくともしない。体格差と力の差がありすぎて、俺はこの行為を受け入れるしかなかった。唯一できる事といえば抵抗の声を上げることくらいであった。
「痛っ!!」
突如首筋に痛みが走った。マジか……噛み付かれた。犯人は当然時雨だ。彼が先ほど呟いた『美味しそう』ってそういう意味だったのか? 本気で俺を食おうとしてんの? カニバリズム……? 痛い思いはさせないって言ってたのに。嘘じゃん。
『解放』
青白い光が寝室を埋め尽くしていく。時雨が魔法を発動させたのだ。どうして今この状況で……
次から次へと起こる予測不能な出来事。頭の中はパニックになっていたが、俺の体を拘束していた時雨の腕の力が僅かに弛んだのに気づく。俺がいくら暴れてもびくともしなかったのに。時雨がゆっくりと上半身起こすと、またしても馬乗りの体勢になった。恐る恐る時雨の姿を下から見上げる。その時、目に飛び込んできた光景に俺は息を呑んだ。
「タトゥー……いや、これは契約陣?……」
時雨の体に浮かび上がっているタトゥーのような複雑な模様。俺の位置からは首筋と鎖骨辺りまでしか見えないけど、模様は主に背中側に集中しているようだ。
今まで時雨が魔法を使う時に陣が出現していなかったのが気になっていたが、この模様がそうなのだろうか。まさか体に直接刻まれているとは思わなかった。
『1……2……』
時雨が何かの数を数えている。それに呼応するように青色の光がどんどん強くなる。更には部屋からはみ出してしまうほどの巨大な魔法陣まで出現した。時雨の体に浮かび上がっているのとは別の物のようだ。
魔法が使われているのは分かるけど、それが現在どんな効果をもたらしているのかが不明だった。対価量を示す数字がどんどん跳ね上がっていくのだけが確認できて非常に不気味だ。昨日俺の目を治療してくれた時よりも遥かに多い対価。高難度の魔法であるのは間違いない。
時雨に噛み付かれた箇所が熱い。そこから何かが流れ出ているような感覚もする。結構痛かったので出血しているのかもしれない。頭も少し……ぼんやりしてきた。
「うん、うん。そうだよね。君たちも気に入ると思った。やっぱり僕の目に狂いはなかったんだ」
時雨が独りごとを言ってる。君たちって誰? この部屋には俺と時雨しかいないはずだろ。
「3……」
また一段と光が強くなった。対価量も跳ね上がり、とんでもない数字になっている。それなのに、やはり時雨は平気な顔をしている。一体彼のヴィータはどれほどの量があるというのだろう。
『召喚』
『火蜥蜴』
時雨が最後に放った言葉。それは、朦朧としていた俺の意識を一瞬にして現実に引き戻す。それほどに衝撃的だった。
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