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59話 休息

 ラーメン屋を出た後、俺たちは百貨店へと向かった。俺の着替えとか必要な物を買い揃えるためだ。すでに時雨には交通費や食費などを工面して貰っている。いくら彼がお金持ちの富豪でもこれ以上はお世話になれないと断ったのだが、これも『推薦人』の務めだと押し切られてしまう。


「河合様は魔道士として素晴らしい才能を持っております。優秀な人材をバックアップするのも我々の仕事です。必要経費ですから遠慮などする必要はありません。まあ、それとは別に河合様に対しては……主の私情が多分に含まれているだろう事は否定しませんが……」


「僕が透にしてあげたいことをしてるだけだよ。むしろそうやって断られる方が悲しくなるからやめて欲しい」


 ふたりからこんな風に言われてしまっては、これ以上拒否する方が野暮になってしまうだろう。かなり気が引けるけど、時雨の好意を有り難く受け取ることにした。


「分かったよ。ありがとう時雨さん、お世話になります」


「全く……透は真面目というか、ちょっとしっかりし過ぎだよ。子供なんだからこういう時はただラッキーって思っておけばいいのに……」


「俺、真面目かな。自分ではあんまり思ったことないけど……」


「良い子ってことだよ。他の奴らに向けてはどうでもいいけど、僕には気兼ねなく好きなこと言ってくれると嬉しいな」


「時雨様もこう仰ってますから、ご要望がありましたら何でもお申し付け下さい。主が不在時には私が代わりに対応しますので……」


 遠慮される方が悲しいか……確かにせっかくの好意を跳ね除けてばかりなのは場合によっては失礼に当たるだろう。これからは気を付けよう。ふたりの言葉に頷くと、時雨は満足したようで嬉しそうに笑った。

 機嫌が良くなった時雨が再びカエルマスクを被ろうとしたので、全力で止めさせて貰った。店の中をガタイのいいカエルと並んで歩くのはごめんこうむる。要望は遠慮なく伝えて良いとのことなので、まずはこのアニマルマスクの使い方について言及させて貰おうと思う。










「おふたり共、お疲れ様でした。私はこれで帰宅させて頂きますが、何かありましたらご連絡下さい」


「おー、真澄もお疲れ。気を付けて帰りなよ」


「……美作さん、色々ありがとう。また明日」


「はい、また明日。河合様、今日はゆっくりお休み下さいね」


 買い物は無事に終了し、俺と時雨は美作にマンションまで送ってもらった。時刻は夕方の6時に差し掛かろうとしていた。日雷に来て2日目……時間が経つのはあっという間だ。今日は正午近くまで寝ていたので余計にそう感じるのだろうな。

 美作の車が立ち去るのを見届けると、俺たちはマンションの部屋へと移動する。そういえば……時雨が当たり前のように俺と一緒にいるんだけど、彼の自宅もこのマンションに入っているのだろうか。


「透、ほんとにあれだけで良かったの? そろそろ寒くなってくるし、アウターも必要だったんじゃないか。あっ、靴見るの忘れてた」


「あれだけって……10着以上も買って貰ったんですけど。服だけじゃなくて雑貨類も入ってるし充分すぎるよ。これ以上は持て余しちゃうから……時雨さん、本当にありがとうね」


「どういたしましてー。今日買った物は明日には部屋に届くからね。もう少しだけ待っててね」


 時雨が鼻歌を歌っている。機嫌の良さは継続中のようだ。そんなに買い物が楽しかったのだろうか。俺の方は楽しいと感じる余裕なんて一切無かったというのに……

 

 俺がカエルの被り物を拒否したので、時雨はマスクとサングラスを着用して店内に入ることになった。これだけでは彼の目立つ容姿を完全に隠すには心もとないかもしれないけど、カエルよりは圧倒的にマシである。多少視線を感じる程度だ。時雨もこのくらいの注目なら許容範囲だったようだ。文句を言うこともなく落ち着いていたので安心した。俺たちの買い物はスムーズに行われた。それは良かったのだけど……


『服だけで一体いくらかかったんだろう。想像したくない……』


 正直なところ予想をしていなかったわけではない。今までの傾向的に、時雨の買い物が一般人の俺と同じ感覚で行われるはずがなかったのだ。

 彼は商品の値段を確認しないで目に付いたものは即決で購入していく。ここでも思わず『漫画かよ!?』って突っ込みを入れそうになった。俺はあまりファッションとか詳しくないから、どこのブランドかなんて全然分からなかった。そもそも値札自体が無かったような気がする。店員が時雨に対してめっちゃぺこぺこしてたのも印象的だった。

 支払いは美作がしていたけど、その時ちらりと見えてしまったのだ。差し出したカードが黒かった。あれってほら……お金持ちしか持つことができないって噂の……あれじゃん。俺、ブラックカードなんて初めて見たわ。


「透、大丈夫? 疲れちゃったのかな」


「うん、ちょっとだけね」


「そこのソファで横になってな。今お風呂の準備してあげるから」


「……ありがとう、時雨さん。じゃあ、お言葉に甘えていい?」


『もちろん』と時雨は笑った。変わった人だけど優しい人でもある。

 俺は時雨に促されるままソファに体を預けた。張り詰めていた気分が緩んだのか、そこから急速に眠気に襲われる。瞼がどんどん重くなり、完全に閉じられるまでそう時間はかからなかった。少し離れたところから時雨が何か言っているのが聞こえるが、俺はそれに応える事はできずに意識を手放した。

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