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56話 ラーメン(2)

「ここが美作さんのお勧めのお店? いい感じのとこだね」


「私の行き付けなんです。ラーメンも美味しいですが、ここは炒飯が絶品なんですよ。セットメニューもございますので良ろしければ……」


「へー、楽しみだな。こういう昔ながらの個人経営のお店って好き」


 待機しているという時雨の言葉通り、美作は1時間もかからずにマンションまで迎えに来てくれた。ラーメン屋に行く準備もしっかり整えた上である。見た目通り仕事が出来る人だ。


 美作が連れて来てくれたラーメン屋は観光ガイドに載っているようないかにも有名店といった感じではなく、地元の人間に愛されている穴場という雰囲気だった。店構えもうちの食事処と似ていたので親近感が湧いてしまう。まだ店内に入ってすらいないというのに期待値がどんどん跳ね上がる。


「炒飯なら透が作ったのだって美味しいよ」


「時雨さん……なんでまた動物のマスク被ってんの」


 せっかく顔を合わせて話ができたと喜んでいたのに、時雨の頭にはまたあのカエルのマスクが装着されていたのだった。そして相変わらず俺の料理を過大評価している。褒められて嫌な気はしないけど、プロの料理と比べられるのは恥ずかしいのでやめて欲しい。お金持ちで舌だって肥えているはずだろうに、どうして俺の料理をそこまで持ち上げてくるのか……マスク共々本当に意味が分からない。


「透は僕の素顔見ただろ」


「……見たけど」


「どう思った?」


「どうって……」


 何だこれ。なんて答えりゃいいんだ。時雨が俺に求めてる返しはなんだよ。縋るように美作に視線を向けてみるが、彼は無言で首を横に振ったのだ。自分で考えろってことですか。そうですか……


「あー……えっと、普通にカッコいいと思ったよ。芸能人みたいだった」


「そう、僕ってカッコいいの。非の打ち所がない美形でしょ」


「……時雨さんってナルシストなの?」


「違う。客観的事実を述べただけ。実際透だって褒めたばっかりじゃん。カッコいいって」


 それがどうしたというのだ。遠回しにしないではっきりしてくれないか。俺はマスクを被ってる理由を聞いたのだ。美形なら尚更隠す必要がないじゃないか。


「……透は本当に僕のことが分からないんだね」


「河合様。時雨様は過去に容姿が原因で大変な苦労をされた事がありまして……その経験から外出時はあまり素顔を晒さないようにしておられるのです」


「大変な苦労ってどんな? まさかイケメンだからモテ過ぎちゃう……女子に囲まれて困るーとか、そんなのじゃないよな」


「まあ、大体そんな感じ。」


「漫画かよ!? それで、顔隠すためにマスク被ってんの? マジか」


「視線が煩わしいんだよ」


「カエルの方がよっぽど視線集めると思うけどな。それこそ色んな意味で」


「時雨様、とりあえず店内に入りましょう。個室を用意して貰ってますから、今回はその被りものも必要ないかと……」


「なんだよ、真澄。そういうのは早く言えよ」


 美作はあの短時間で予約まで取り付けてくれていたのか。どこまでも仕事の出来る人だ。

 個室だと聞いて、時雨は被っていたマスクをさっさと脱いでしまう。現れたのは明るい金髪に赤目の美形。確かに人目を引く容貌だとは思うけど、カエルマスクに比べたら遥かにマシだ。少なくとも不審者だと思われることはないだろう。


「俺もうお腹ぺこぺこ。美作さんのお勧めのお店なんて絶対美味しいだろうな」


「美味しいとは思うけど、それが僕にも適用されるかは別の話であって……やっぱり透の作ったやつのが……」


「人それぞれ好みはあるかもしれないけど、お店の炒飯の方が美味しいと思うよ。時雨さんはここで食事したことあるの?」


「ないけど……」


「だったらほら、早く一緒に食べてみようよ」


 ぐだぐだしてなかなか動こうとしない時雨の手を引っ張り、俺たちは店の扉を開けた。


「いらっしゃいませー!」


 入った瞬間、若い男性店員の元気な声に出迎えられる。店内は昼時ということもあってそこそこ混み合っていた。カウンター席とテーブル席ともに埋まっている。美作が予約をしてくれていて良かったな。


「電話で予約をしました美作ですが……」


「美作さま、いつもありがとうございます。お席にご案内致しますので、こちらにどうぞ」


 店員に案内され、俺たちは店の奥へと移動した。暖簾で区切られたスペースに足を踏み入れると、そこには仕切りで囲まれたテーブル席が4組ほど設置されていた。そのうちのひとつに座るよう促される。


「ご注文がお決まりになりましたら、こちらのボタンを押して下さいませ」


 店員はメニューをテーブルの上に置いて簡単な説明をしてくれた。水の入った水差しと3人分のグラスが既に用意されている。店員が席から離れるのを見届けると、俺たちは会話を再開した。


「さっきの店員さん、明るくて感じのいい人だったね」


「ここの店長の息子さんなんですよ。確か高校生だったはず……学校がお休みの時に時々手伝いをしているみたいです」


「へー、そうなんだ」


 俺と一緒だ。接客も良い。自分との共通点まで発見してしまい、ますます好感度が上がる。


「時雨さん、良かったね。さっき店内をざっと見渡したんだけど若い女のお客さんはいなかったっぽいし、この席ならじろじろ見られることはないよ」


「まあね」


 あれだけ素顔を見られることに対して警戒していた風だったのに、時雨はもうどうでもよさそうにメニューを広げている。なんなんだよ……ほんとにもう。


「河合様もメニューをどうぞ。味噌ラーメンもありますよ」


 どことなく雰囲気が悪くなりそうなのを察知したのだろう、美作が少々強引に会話を切り出した。時雨が変わっているのなんて初対面時から分かり切っていたことじゃないか。この程度の事を気にしていても仕方ない。

 せっかくこれから美味しいものを食べるのだ。さっさと気分を切り替えよう。お腹が空いていると余計にイライラするからな。美作からメニューを受け取ると、俺の頭はラーメンのことで一杯になる。我ながら単純である。

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