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51話 名前

「時雨。とりあえず、河合君をそこの椅子に座らせて。お前が抱えたままだとやりづらい」


「しぐれ?」

 

 初めて聞く名前……榛名先生は東野に向かって言ったんだよな。現在進行形で俺を抱きかかえているのは東野しかいないもんな。


「うん。『蓮杖時雨(れんじょうしぐれ)』……これが僕の本当の名前。透も何となく察してたんじゃないかと思うけど、東野っていうのは偽名だよ。ごめんね……嘘ついてて。怒ってる?」


『東野』が偽名だということは、美作たちとの会話で確定していたので驚きはない。顔を隠していたのもそうだが、事情があったのだろう。今更ではあるけど、きちんと本当の名前を名乗ってくれたし、マスクを脱いで顔も見せてくれた。別に偽名だったことで迷惑を被ったわけでもないので、俺としてはそこまで気にする事でもなかった。


「怒ってない。隠す理由があったんだろうし……これからは俺も本当の名前で呼ぶから。蓮杖さんでいいのかな」


「時雨でいいよ。『さん』とかも要らないから」


「いや、それはダメでしょ」


「なんで!?」


 友達や親戚のお兄さんじゃないんだから……学苑の偉い人であろう彼を呼び捨てになんて出来るわけがない。

 あれ? そういえば……蓮杖ってどっかで聞いたような気がする。どこでだったかな。


「……時雨、俺も河合君が正しいと思うぞ。来年から彼は玖路斗に入るんだろ? 一生徒がお前をそんな風に呼んだら周囲からどんな目で見られるか想像してみろ。ただでさえ『青持ち』で注目を浴びるのが分かりきってるのに、諍いの元になりそうな行動は慎むべきだ」


「一生徒じゃないし、透は僕が推薦した特待生だよ。名前を呼ばせるくらいなんだっていうんだよ」


「千鶴さんみたいな事をする奴が他にもいないと言いきれるのか?」


『千鶴』……この名前も会話の中で何度か耳にした。学苑の人かどうかは分からないけど、俺たちを襲ったスティースと関係があるのは間違いない。この女性は魔道士なんだろうか。榛名先生たちとはあまり折り合いが良さそうではないが――――


「時雨はもう少し自分を客観的に見れるようになった方がいい。呼び方なんて大した事じゃないと言うが、お前にとっては何気ない行動や言動でも、周りの人間はそう捉えてくれない場合だってあるだろう」


「もうー! また匠の説教が始まっちゃったよ。自分のことは自分が一番よく知ってるっての。悪いのはあの女の方なのに、なんで僕が責められなくちゃならないのさ」


「今回の事だけじゃない。普段からの行いを言っているんだ。河合君が大事なら、彼が理不尽に傷つけられる原因を作らないのも大切だよ」


 俺自身は目上の人を呼び捨てには出来ないくらいの感覚だったんだけど、話がやたら大事になってないか。でも、榛名先生の声は真剣だ。冗談で言っているようには聞こえない。

 少し離れたところから『さすが榛名先生』とか『もっと言ってやれ』と、彼を称賛する小夜子と真昼の声も耳に届いていた。決して榛名先生が大袈裟ではなく、時雨が他者に与える影響がデカいのは事実なのだろう。

 榛名先生は時雨と会話をしながら、俺の目に巻かれた包帯を丁寧に解いていく。器用な人だ。


「あのさ、だったら『時雨さん』って呼ぶのはどうかな。呼び捨てはさすがに俺も気が引けるし……折衷案ということで」


「えー……透が遠慮する必要なんてないのに」


「時雨、もうそれでいいだろ。この話題は終わりにして、河合君の目の処置を済ませてしまおう」


「……分かったよ。透の目の方が大事だからね」


「良かった。よろしくね、時雨さん」


「うん。こちらこそ」


 また誰かが俺の頭を撫でた。流れ的に時雨だろう。彼と榛名先生はずいぶん気安い間柄みたいだ。確か時雨は自分を学苑の講師だとは明言してなかったはずだ。ふたりのやり取りも同僚というよりは友人同士という方がしっくりくる。


「河合君、まだ目は閉じたままでいてね。痛みはある?」


「無いです」


「少し触るけど、異変を感じたらすぐに言うんだよ」


 榛名先生は包帯を完全に取り去ると、ゆっくりと静かに俺の瞼に触れた。


「まだスティースの力の残滓が残ってるな。子供相手になんて危険な真似を……当たるなら時雨本人にすればいいものを……」


「おいっ……それはそれでムカつくわ。そりゃ、透にいかれるよりは全然いいけど」


 時雨と榛名先生は俺の目の状態を慎重に確認している。一度激しい痛みを感じて以降は特に何もない。俺にかけられたスティースの術とはどんなものなのだろうか。


「それじゃあ、河合君。目を開けてみて」

 

 閉じていた瞼を開く。室内灯の光が目に入り過ぎて眩しかったけど、慌てず落ちついて目が慣れるのを待った。徐々に周囲の様子が明らかになっていく。


「どうかな、俺が見える?」


「……はい」


 最初に見えたのは知らない男の人の顔だった。でも声はさっきまで俺と会話をしていた人物と同じ。つまり彼が榛名先生だ。時雨と同じ歳の頃……彼も背が高くて体格が良い。やっぱ魔道士って体も鍛えなきゃなれないのだろうか。なんか小夜子がそれっぽいこと言ってたな。


「大丈夫そうだね。やはり侵食度は低い。こう言ってはなんだけど、これが千鶴さんの限界なのかもしれないな」


「あの……スティースは俺に何をしたんですか? あいつと目を合わせた時に変な感じになったのは覚えてるんだけど……」


「ひと言で言うなら『干渉』だな」


「干渉? って、痛って!?」


「こら、時雨。乱暴にしない」


 俺と榛名先生の間に割り込むように言葉を被せてきたのは時雨だった。頭を掴まれて強引に顔の向きを変えられ、首筋に痛みが走った。

 至近距離で時雨と見つめ合う。アニマルマスクが無くなって顔が見えるようになった事で、彼の感情がより分かりやすくなった。

 時雨は怒っている。俺に対してではない理解しつつも、思わず背筋が震えてしまうほどに恐ろしかった。

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