46話 不完全
真昼は刀を鞘から抜いた。現れたのは鈍く輝く美しい刀身。やはりおもちゃなどではなく本物だ。
空港で置き引き犯をいとも簡単に投げ飛ばした小夜子の事を思い出す。小柄な少女の手によって、成人男性の体が宙に舞った光景は圧巻の一言であった。
そんな小夜子の友人であり、同じ師の指南を受けている真昼。大人しそうな印象とは裏腹に、彼女にも武芸の心得があっても不思議ではない。
真っ直ぐに相手を見据え、刀を構えるその姿は堂々としていて勇ましい。しかし、問題はその対峙している相手が人間ではなく幻獣なのだ。あくまで俺の見解ではあるけど、あのスティースはよくない。何か得体の知れない怖さを感じるのだ。安易に手を出して取り返しのつかない事になってしまったらどうする。いくら大丈夫だと伝えられても、俺の胸の騒めきは消えてくれなかった。
「私と真昼の事なら心配いらないよ。あのスティースと会うのは今日が初めてではないの。アレが強大な力を持っている……所謂高ランクに分類されているってのは間違いないのだけど……」
オロオロして落ち着かない俺を宥めるために、小夜子はあのスティースについて更に詳しく教えてくれるようだ。俺は黙って彼女の言葉に耳を傾けた。
「あのスティースと契約している人間のクラスはイエロー。レベルは確か……3くらいだったかな。魔道士としての資質は並よりやや劣る程度。技術的な面も優秀とは言い難い。だから私と真昼でも充分対処可能なのよ」
先ほど小夜子たちから習ったばかりのクラスとレベルの話が出てきた。ヴィータの質と量を表す言葉で、クラスは5種類……レベルは5段階だったよな。いわば魔道士のステータスともいえるものだ。スティースと契約する際にも重要な情報となる。
「スティースが凄くても、契約している人間が大した事ないんだもの。あの人の力量じゃ、スティースが持つ本来の能力の2割も引き出せてないでしょうね。つまり宝の持ち腐れ。もったいないわよね」
小夜子はうんざりしたように溜息を吐いた。俺はまだこのクラスやレベルの分類に対して馴染みがないせいか、小夜子の言葉に同調することが出来なかった。
契約者のクラスは『イエロー』でレベルは『3』……イエローなら小山と同じだな。レベルは自分のものですらまだ判明していないし、3がどの程度なのかいまいちイメージしづらい。クラスはグリーン、レッド、ブルーが少数で、イエローはそこまででもなかったんだっけ。
高ランクのスティースに対して、契約者の力量が釣り合っていないのだと小夜子は語る。双方の間で契約が問題なく成立しているならいいけど……小山の事があったらからどうしても気になってしまう。『ヴィータの枯渇』は大丈夫なんだろうか。
強い魔法を使おうと思えばそれに応じて対価の量も増える。あんな凄そうなスティースが要求する対価なんて想像したくないな。
「あのスティースと契約しているのが……例えば河合の推薦人だったとしたら、私たちは今この場に立っていることすらままならなかったわ。あまり褒めたくはないけど、魔道士として彼の右に出る者はいない。あっ!! もちろん、私と真昼は榛名先生が一番だけどね」
東野ならどんなスティースであろうと、100パーセントの力を引き出すことができるらしい。高い資質と能力がそれを可能にするのだとか……
東野が優れた魔道士であろうことは分かっていたけど、まさかトップクラスに位置するような人だったなんて。ほんと……何であんな妙な格好してたんだろうな。アレのせいで今だに不審者のイメージが拭えないんだよ。
「さて、これで私たちの心配をしなくてもいい理由が分かったでしょう。それに、これからやろうとしてるのはあくまで時間稼ぎ。倒すのが目的じゃないからね」
「……心配はするよ。いくら小夜子たちの方が優勢だと言われてもね。あのスティースが俺が思うほど脅威でないのは良かったよ。でも、姿が見えない相手にどうやって立ち向かうのさ」
気配を感じ取ることで大体の位置は把握できるかもしれないが、相手の姿形や攻撃方法が視認できないというのは相当厄介だと思うのだ。
打ち付けた背中にはまだ少し痛みが残っている。彼女たちも俺のように、見えない力に翻弄されてしまうのではないだろうか。
「そりゃ、見えないならキツいだろうけど……」
「えっ……?」
見えない……よな。小夜子の自信に満ちた顔といい、この言い方だとふたりにはスティースの姿が見えているように聞こえる。今思えば、彼女たちは最初からあのスティースの正体も契約してる人間も把握していた。果たして気配だけを頼りにそこまで詳しく分かるものなのか。もしかしたら……姿が見えなかったのは俺だけで、ふたりには最初から――――
『機能強化』
真昼が小さく何か呟いた。その直後、彼女の周辺を緑色の光が包み込む。混じり気のない、澄んだ綺麗な光だった。こちらも小山の時と同じで契約の陣は出現していないが、この光は彼女が何らかの魔法を発動させた証拠である。
「真昼、河合が私たちの事が心配でどうにかなりそうだからさ。安心させてやるためにも、一丁かっこいい所見せてやってよ」
「はあっ? ちょっと、何言って……」
小夜子の言葉が聞こえたのか、スティースの方を向いていた真昼がこちらに振り返った。
「透ったら……狙われてるのはキミなのに、私たちの心配までしてくれるなんて優しいね」
真昼は落ち着きのある穏やかな口調で告げた。表情からもやはり緊張や不安は感じられない。小夜子と同じで余裕に満ち溢れており、頼もしさまで感じてしまうほどだった。
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