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43話 用務員(4)

「あの……ほんとに採用なんですか?」


 俺は恐る恐る結城に確認した。こんなにあっさりかつ、適当な感じで決めていい事ではないと思うのだ。この『時雨』という男は玖路斗学苑でかなりの権力を持っているようだけど、後からやっぱり『無し』でなんて言われたら俺はちょっと立ち直れないかもしれない。上げて落とされるのが一番キツいのだ。だからこそ慎重になってしまう。


「ほんと、ほんと。だよね? 結城サン」


「はい。すぐに手続き致します」


「だってさ。心配しなくても大丈夫だよ、泉宮クン」


 時雨は快活に笑っている。そんな彼の横で友人であろうふたりの男は呆れたようにため息を吐いている。きっと彼らにとって、こんな展開は日常茶飯事なのだろう。時雨という男の傍若無人ぶりが察せられる。

 俺の頭はまだ少し混乱しているけど、採用が事実であるなら、経緯はどうであれ拒否する理由はない。やはり俺は運が良かった。時雨の気が変わらないうちに、この振って湧いた幸運をより確実なものにしたい。


「ありがとうございます!! 精一杯努めさせて頂きます!!」


「うん、期待してる。頑張ってねー」


 初めて見た時は、その派手な容姿に圧倒された。口調と態度は軽薄そうで、正直苦手な部類の人間だと感じでいた。それでも時雨のおかげで無職から脱却することができる。彼の一言で決まったのだ。礼を言うのは当然であるし、機嫌を損ねないようにしないとな。


「悠生さーーん!!」


 誰だ。俺たちがいる廊下の反対側から若い女性が現れた。その女性は五十嵐悠生の名前を叫びながら小走りでこちらに向かってくる。休日で生徒がいないせいだろうか、女性の声はこの広い校舎内でもよく響いた。

 俺がぶつかった女性とそう歳は変わらないだろうけど、受ける印象はかなり異なる。良い意味で普通って感じで安心した。


猪丸(いのまる)さん、廊下は走っちゃダメだろ。それに……いくら休日で人が少ないとはいえ、あまり大きな声で俺の名前を出さないようにね」


「すみませんっ……!! でも叫びたくもなりますよ。次の仕事までもう1時間もないんですよ。移動時間を考えると今すぐにでも出発しないと」


「ああ……本当だ。もうこんな時間か。そうだね、すぐに向かおう」


 会話内容からして、この女性は五十嵐悠生のマネージャーのようだ。そういえば会議が長引いたとか言っていたな。そのせいで悠生の仕事が押してるのか。そりゃ今を時めく人気俳優だもんな。多忙に決まっている。


「時雨に匠。悪いけど今日はこれで失礼させて貰うよ。結構ヤバそうだ」


「ああ。悪かったな、急に集まって貰って……また連絡するわ」


「ふたりとも気を付けて行くんだぞ。急いでるからって飛ばし過ぎないように……安全運転で!!」


「分かってるよ。それじゃあ……」


 五十嵐悠生とマネージャーの女性は挨拶もそこそこにこの場から立ち去ってしまう。急展開に次ぐ急展開。もうこれから何が起こってもそうそう驚かないからな。


「さて、悠生は帰ったけど匠はどうする?」


「俺も帰るよ。小夜子と真昼を待たせているしね。時雨も約束があったんだろ? 千鶴さんにあそこまで怒るほどだ。きっと大切な用事だったはず……お前の方こそ急いで帰った方がいいんじゃないか」


「うん……一応うちの人間に遅れる旨は伝えておいたから、そこは大丈夫なんだけど。怒ってないといいなぁ」


「お前が人の顔色を気にするなんて……約束の相手はどこぞの王様かお姫様かな?」


「そのどちらでもないよ。でも僕にとってはそれくらい……いや、それ以上かもね」


 申し訳なさそうに眉尻を下げ、憂いを帯びた表情をしている時雨……顔が良いからか、何気ない仕草もやたらと様になっていた。


「なあ、時雨。それって……いや、次に会った時に聞こう。それより結城さんに、泉宮さん。足止めさせてしまって悪かったね。俺たちはもう帰るから。君たちも自分の仕事に戻るなり、帰宅するなり好きにして構わないよ」


 匠は時雨に対しても何か言おうとしていたけど、途中で言葉を飲み込んでしまう。空気を読んだのだろうか。彼が3人のまとめ役なんだな。俺と結城にも常に気を配ってくれていた。面倒見が良いのだろう。いかにもクセ強そうな2人と連んでいると自然にそうなってしまうのかもしれない。

 俺が場違いにも3人の関係性を分析していると、またしてもこちらに向かってくる人物が現れた。


「時雨様!!」


 ビシッとした黒のビジネススーツを着た強面の男が時雨の名前を呼びながら走ってくる。本当に次から次へと……この学苑……色んなのがいるな。


「お話し中に申し訳ありません。美作さんから急ぎの連絡が入りまして……」


「真澄から……内容は?」


「失礼致します」


 時雨の表情が一瞬で変化した。黒スーツの男は時雨の側まで寄ると、彼にだけ聞こえるように耳打ちをした。仕事関連の話だろうか……外野の俺たちにまで緊張感が伝わってくる。


「え、それホント?」


「はい。ですので……会合は終わりましたが、時雨様には今しばらくこちらでお待ち頂きたく……」


「待つ、待つ!! りょうかいー」


 張り詰めていた空気はあっという間に消えてしまった。学苑での待機を時雨は嬉しそうに受け入れている。会合が長引いたことにあれだけ不満そうにしていた癖に……どういう心境の変化だろう。黒スーツの男が時雨に伝えた内容が気になってしまうが、俺に知る術はなかった。


 その後――――

 時雨と匠も俺たちの前から立ち去り、さっきまでの賑やかさが嘘のように辺りはしんと静まり返った。彼らの姿が完全に見えなくなると、結城はその場でしゃがみ込んでしまった。


「はぁ……緊張した……」


 大きく息を吐き出した後、彼は絞り出すように一言呟いたのだった。

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