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42話 用務員(3)

「なあ、あんたらここにいたって事は……あの女と鉢合わせしたんじゃないの?」


「はい。千鶴様でしたら先ほどお会い致しました」


「あー、やっぱりな。めちゃくちゃ荒れてただろ。変な因縁つけられなかったか? 自分の思い通りにいかなくて癇癪起こすとかガキかっつーの」


「時雨……お前も人の事偉そうにいえるほどオトナじゃないだろ」


「は? 聞き捨てならないな、匠。僕をあんな女と一緒にするなよ」


 この3人は一体何なんだろうか。学苑の関係者であることは間違いなさそうだけど。芸能人である五十嵐悠生が混ざっているのが衝撃過ぎて、俺の頭はパニックになっていた。


「あなたは確か……結城さんだったよね。こっちの彼は初めて見るけど新人さんかな」


「あ、えっと……俺は……」


 五十嵐悠生が俺の事を見ている。あの超人気俳優に興味を示されている。シチュエーションだけ見れば、世の女性たちに羨ましがられそうである。でも、生憎と俺の心境は緊張と不安でそれどころではなかった。はしゃげる余裕なんてない。


「彼は泉宮さんといって、うちの学苑の用務員の面接で来られたのです」


「面接? 今日土曜日なのに?」


「少々こちらで手違いがありまして……改めて来週の火曜日に行うことになりました」


「へー……新しい用務員サンね……」


 結城が俺についての説明を3人にしてくれた。おかげで不審者と疑われるようなことにはならなそうで一安心だ。それは良かったのだけど……五十嵐悠生の次は、あの『時雨』とかいう派手な見た目の男に凝視される羽目となる。

 結城に言われた通り、余計なことは喋らずにじっとしているのだが、不躾な目線にただ堪えるだけというのは思った以上にしんどかった。


「その用務員の採用枠っていくつなの?」


「はい、3人程度を予定しています」


「もう何人か決まってる?」


「いえ……現在書類審査が終わった段階でして。これから順番に面接を行ってから決めることになります」


「ふーん……」


 まるで値踏みでもするかのように、時雨は俺の頭から足の先に至るまで視線を巡らせている。赤色の瞳は真剣であり、ふざけているようには見えなかった。3人の中でもっとも軽そうでちゃらけた印象を受けたのは、この時雨という男だが……今はその影が微塵もない。


「キミ、歳はいくつ?」


 俺に質問してるんだよな。黙っていろと言われたけど、呼ばれているのに無視はできない。答えない方が失礼になるだろう。

 どうするべきかと結城に視線で問い掛ける。すると彼は静かに頷いた。時雨の声かけに応じろという意味だと受け取る。


「……24です」


「この仕事に応募した理由は? ああ、取って付けたみたいなのじゃなくて、君の本心が聞きたい。嘘は無しだ」


 こういうのって普通なら、自分の持つスキルを活かしたくて……とか、学苑の運営に貢献したくてみたいなのを答えるべきなのだろう。でも、それをすると彼が無しだと忠告した『嘘』をつくことになってしまうのだ。

 俺は魔道士なんて1ミリも興味無い。この学苑に対して思い入れもない。資格だって持ってない。周りに自慢できるような特技があるわけでもない。体力には多少自信があるけど、それだけである。

 嘘偽りなく志望動機を答えるなら、労働環境がそれなりに良さそうで……何より『給料が良かった』これに尽きる。こんな理由を面接で言うべきではないのはさすがに分かる。せっかく採用のチャンスが巡ってきたのに、下手な事を言って台無しにはしたくない。ここはセオリー通りに行こう。


「玖路斗学苑は優秀な魔道士を数多く世に送り出しています。僕自身、魔道士に対して憧れる気持ちが強くありまして……学苑の一員として、彼らの育成に貢献したく……」


「はあ? それマジで言ってるの。嘘は無しだと忠告しただろ」


 見透かされている。時雨はあっさりと俺の嘘を見破ってしまった。不機嫌そうな声色に心臓が縮み上がる。


「すっ、すみません!! ほんとは給料がいいから決めました!!!! 魔道士については全然知りません」


「……給料?」


「はい……俺、前に働いてた会社をクビになってしまったんです。そんなわけで現在無職で……他にもたくさん試験受けたんですけど、全部上手くいかなくて。そんな時に玖路斗学苑が用務員を募集していると知り……ダメ元で申し込みました」


「この学苑の用務員って給料いいんだ?」


「はい。同系統の職種と比較して倍程度はあるかと……」


 俺が理由にあげた給料について間違いがないか、時雨は結城に確認をしている。


「なるほど、給料か。うん、それは大事なことだもんな。正直でよろしい。しかも魔道士に興味はないときた」


 終わった。いくら時雨に言わされた形だとはいえ、これはないだろう。面接をするまでもない。不採用確定だ。俺はがっくりと肩を落とした。けれど……この後時雨から発せられた言葉は、俺の予想とは全く別のものであった。


「えーっと、こっちの彼は結城サンだったね。泉宮クンの面接はもう必要ないよ。たった今僕がした。彼、合格ね」


「えっ……?」


 いま合格って言った? 聞き間違いじゃないよな。あんなぼろぼろな受け答えしか出来なかった俺が合格……?


「時雨……お前はまた勝手に……」


「いいだろ、このくらい。結城サン、採用枠は3つだったよな。ひとつはこの泉宮クンでお願いね」


「はい。承知致しました」


 結城も時雨の言葉をあっさりと受け入れてしまった。この男……学苑の要人であることは間違いなさそうであるが、人事に関わることを独断で決定などできるのだろうか。

 当事者である俺のことは放置して、どんどん話がまとまっていく。俺はこのジェットコースターのような急展開に、ただ身を任せることしか出来なかった。



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