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32話 被推薦者(1)

「確かこっちの方へ行ったはず……くそっ、人が多過ぎる。この中から探すのはキツイな」


 人混みを掻き分けながら黒パーカーの中年を探した。似たような服装をした人もそれなりにいるため、思った以上に捜索は難航している。


「空港から出る前に見つけないと……2階のフロアに行って上から探してみるか」


 この辺り一帯は巨大な吹き抜けになっているので、上のフロアから下のフロアを見渡す事ができる。高い場所の方が一度に広範囲を確認できて効率的なはずだ。そうと決まれば……俺は急いで昇りのエスカレーターへ向かった。









「いない……まさかもう空港から出て行ってないだろうな」


 2階のフロアに上がったおかげで、さっきよりも探しやすくはなったけど……目的の人物の姿を捉えることが出来ずにいる。俺がパーカー男を追いかけてからそろそろ10分が経過する。頭の中に『諦める』という単語が薄らと浮かび上がりそうになった。その時だ。


「……いた」


 男を見つけた。吹き抜け周辺にもたくさんの売店が立ち並び、人が溢れている。その中に紛れ込むように男はいた。フロアは違うが、位置的には俺が今立っている場所から丁度正面にあたるので、はっきりと見えている。服装も俺にぶつかった時のままの黒パーカーだ。ピンク色のバッグもしっかりと抱えていた。トイレなどで服装を変えている可能性も考えていたので安堵した。何よりまだ空港にいてくれて良かった。


 男を発見できたので俺の気持ちは昂っていく。アドレナリン全開みたいな感じだろうか。頭の中は男を捕まえることで一杯だった。エスカレーターに乗る間も惜しい。もたもたしていたら見失ってしまう。


「すみません、ちょっと通して下さい!! ごめんなさいっ!!」


 通行人たちに雑な謝罪をしながら、吹き抜け側に面している手摺に向かって走る。高さ的には問題ない。俺は学校の三階くらいなら平気で飛び降りることができるのだ。先生にとてつもなく怒られたので最近はしていないけど……


「今回は空港の人たちに説教食らうかもな。でも、緊急事態だし……そんなこと言ってられないよな!!」


 助走を付けて俺は手摺りの上に飛び乗った。その後は手摺りを足場にして一階のフロアへ……黒パーカーの男目掛けて勢いよく飛び降りた。周囲からどよめき声が聞こえる。目の前で子供が転落したと勘違いをさせていたら申し訳ない。

 男と俺の間にあった距離が一瞬にして縮まる。上空から迫り来る俺の存在に男はまだ気付いていない。

 タン!! という小気味良い着地音が一階のフロアに響き渡った。忙しなく動き回っていた人々も、音に反応して足を止める。至近距離でその音を耳にした男もまた同じ。 俺は着地の体勢から体を起こすと、まだ動けずにいる男と対峙した。


「やあ、おっさん。俺に見覚えあるかな? さっき向こうのロビーでぶつかったんだけど……」


 2階から飛び降りた子供と、その子供に詰め寄られる中年男性。突如作り出された異様な空間……次第に人集りができていく。

 最初は俺の姿を見ても訳がわからないという顔をしていた男も、ロビーでぶつかったという言葉に思い当たることがあったのだろう。表情に焦りが浮かんでくる。俺は更に追い討ちをかけるように、男が握りしめているバッグに言及した。


「おっさんが持ってるそのピンクのバッグ……可愛いね。若い女の人が好きそうなデザインじゃん。俺さ、10個上の姉ちゃんがいるんだけど……同じようなバッグを土産にしたいと思っててね。それで悪いんだけど、参考程度にそのバッグ見せて貰えないかな」


「……いや、これは」


「ねぇ、いいでしょ? ちょっと確認するだけだから」


 バッグを見せて欲しいと頼むと、男は絶対に離さないとばかりに強くバッグを握りしめた。俺が男に向かって一歩近づくと、相手は一歩後退する。無理やり奪うことも可能だけど、ギャラリーが多いので手荒なことはしたくない。出来れば自主的に手渡して貰いたかった。


「くそっ……どけっ!!!!」


「はぁっ!?」


 男は背後にいた野次馬たちを突き飛ばした。そうして無理やり道を開けさせると、そこから勢いよく走り出す。それはもう脱兎の如くと言わんばかりに……


「てっめ……待て、コラーー!!!!」


 俺はすぐさま男の後を追った。この状況でまだ逃げようとするなんて……しかし、弁明をすることなく逃走を図ったので、やはりあのバッグは盗品で確定か。

 相変わらずの人の多さで思うように走れない。男は通行人にぶつかろうがお構いなして走り続けている。こんな場所で鬼ごっこなんて冗談じゃない。早く捕まえないと。


 無我夢中で男を追いかけているうちに、美作を待たせている最初のロビーに戻ってきた。人の多さは変わらないけど場所が開けているおかげか、通行人たちとの距離が広まって走りやすくなった。足は俺の方が早い。ここから一気に畳み掛けてやる。


 男との距離がどんどん縮まっていく。俺に追いつかれると焦ったのだろう。男は先ほどよりもがむしゃらに走り出した。その結果、近くを歩いていた老人を突き飛ばした。


「大丈夫ですかっ!?」


「いたた……大丈夫だよ。ありがとう」


 衝撃でその場に尻餅をついて倒れてしまった老人を慌てて介抱する。幸い怪我はなかったけれど、当たりどころが悪かったら大変なことになっていたかもしれない。男に対する怒りの感情がどんどん膨れ上がっていく。


「……あのヤロ、ぜってー捕まえてやる」


 老人を近くのベンチに座らせると、俺はすぐさま男の後を追って全速力で駆け出した。アクシデントのため男との距離を離されてしまったが、まだ充分追いつける範囲だ。


「よーし、見つけた!!」


 数メートル前方に男の姿を捉えた。もう逃さない。俺は走るスピードを更に上げた。


「えっ、なに……」


 男の足が止まった。俺が捕まえたわけではない。あれだけ往生際が悪く逃げ回っていたのに、自主的に足を止めるだなんて……


 何が起きているのだと慎重に様子を窺っていると、男の目の前に立ちはだかるように、小柄な少女が立っているのに気付いた。

 少女は小学生くらいだろうか……騒動に全く動じていないばかりか、男を睨むような鋭い目で見つめている。その視線の強さに男は一瞬たじろいだけれど、相手は幼い少女だ。男は邪魔な少女を突き飛ばそうと突進していく。


「危ない!!!!」


 俺は叫んだ。少女に俺の声が届いたのかどうかは分からないが、僅かに目が合ったような気がした。

 直後、少女の周囲が赤い光で包まれた。

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