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13話 ツバメ

 試験までひと月を切った。ほんの少しだけ期待をして待ってみたけど、実施日時と場所以外の報せが届くことはなかった。せめてどういった傾向の試験が行われるか分かれば対策が練れたのに。

 藤原と湊も試験の内容に関連する情報を得ることは出来なかったそうだ。二次試験まで行われるのは今年が初めてのこと。きっと学苑側もきっちりと対策をしているのだろうから、そこは仕方がない。

 何はともあれ、ふたりのおかげで俺が知らなかった学苑のことも分かったので、とても感謝している。


「一次が筆記だったからな。やっぱ次は実技の可能性が高いよな……」


 特待生には学苑に入る前の段階で、一定水準以上の能力が求められる。一般入学生とは違うと聞いてはいたけど……俺の力はどこまで通用するのだろうか。

 学苑への入学希望者は年々増えている。藤原情報だと、学苑を運営しているお偉いさんが代わったことがきっかけらしいが、その辺の事情はよくわからなかった。


「透、透ー!!」


 部屋の外から名前を呼ばれる。この声は姉だ。試験について思考を巡らせていた俺は現実に引き戻された。

 今日は日曜日。時刻は11時半を過ぎたところ。店が最も忙しい時間帯……ランチタイムだ。このタイミングで呼ばれるということは助っ人要請かな。確か、笹川が手伝いに来てくれるのは夕方からだったはずだ。


「丁度良い。体を動かして気分をすっきりさせよう」


 悶々としていても仕方がない。試験を受ける者たちは皆同じ不安を感じているはずだ。当日に備えて今の自分にできることを精一杯やるしかない。

 試験のことは一旦置いておき、部屋の前で待っている姉に応対することにした。


「はい、はーい。どうしたの、姉ちゃん」


『忙しいなら手伝うよ』……そう口にしながらドアを開けた。姉が俺の部屋を訪れた理由は、店の手伝いをして欲しいのだろうと思い込んでいたから。でも、それは違ったようだ。


「姉ちゃん?」


「ごめんね……透」


 姉の様子がおかしい。表情は固く張り詰めていて……まるで何かに怯えているようだ。この展開に身に覚えがあった。同じやり取りを先月もしたばかりじゃないか。俺の頭の中にもしかしたらという考えが過った。

 まさか……また、ヤツが現れたのか。


「あのね、お店にね……」


 姉は動揺しているためか、言葉を詰まらせてしまう。姉の状態から予想はどんどん確信に変わっていく。

 どっちだ。カエルか? モグラか?


「姉ちゃん、心配しないで。大丈夫だから。何があったかゆっくり説明して」


「うん……先月、うちのお店にマスクを被った変わったお客さんが来たじゃない? その人がまた来たの」


 ビンゴ。予感的中。やっぱりそうか。こちらが探してる時には姿を見せなかった癖に、記憶が薄まってきた頃にやってきて再び存在を主張してくるとは……

 姉のリアクションが前回と同じということは、あの人目を引く出で立ちは健在ということになる。俺の助言は聞き流されてしまったんだな。


 先月と比較して外の気温はかなり下がって涼しくなったから、熱中症にはならないかもしれない。それでも、あの時俺がマスクについて言及したのは、純粋に相手を心配する気持ちがあったからだ。それが無視されたのであれば、多少なり複雑な気持ちになった。

 あれ、でも……待てよ。俺が注意をしたカエルと、今店に来てる奴が同じとは限らないのか。体格と声の感じからして、カエルとモグラは同一人物な気はするけど……


「そっか……それで、そいつは今どうしてんの。また飲み物だけ頼んで座ってる?」


「そう。でも、今回は私に話しかけてきて……」


「はぁっ!? 姉ちゃんに!? なんて?」


 あの野郎…….マスク被ってうろついてるだけの不審者ならスルーしてやったのに。姉に手を出したとあっては見過ごせない。さては、最初からそれが目的だったな。俺について妙に詳しかったのは、姉に近付くための作戦だったのかもしれない。外堀から埋める的な……


「透を呼んできて欲しいって……あなた、あの人と何かあったの?」


「俺を……? えっと、姉ちゃんは平気だったの。変なことされてない?」


「声をかけられて驚いちゃったけど……それだけだよ。私より透に用事があるみたい。どうしよう、断った方がいいよね」


「いや、俺行くよ」


 俺の回答を聞いて、姉は瞳を丸くした。まさか行くとは思っていなかったようだ。

 熱中症で倒れたカエルと中身が同じかは不明だけれど、話があるというなら聞いてやろうじゃないか。妙なマスクを被っている理由も問い詰めてやる。心配そうな姉の横をすり抜けて、俺は店に向かって歩き出した。









 厨房から店内へと続く扉を開いた。昼時ということもあって、それなりに混んでいる。

 さて、奴はどこにいるか。それほど広い店ではないので、問題の人物はすぐに見つかった。姉が言っていた通り、また飲み物だけを注文してテーブル席に座っている。前回来た時と行動は全く変わらないな。でも、一目でわかる大きな違いがひとつだけあった。俺は意を決して、その男がいる場所へ一歩を踏み出す。


「ねぇ……」


 マスク男に声をかけた。俺の声に反応して、男は顔をこちらに向けた。


「……今度はそれ、なんのマスクなわけ?」


 被っているマスクが違った。カエルでもモグラでもない。そもそも作りからして異なる物だった。これまでの頭全体をすっぽり覆うような形状ではなく、口元が露わになっている。ハーフタイプのマスクとでもいうのだろうか。これなら呼吸はしやすいだろう。目立つことに変わりはないが……


「やあ、透。これはね、ツバメだよ」


「……鳥かよ。カエルにモグラにツバメって……どういう繋がりだ」


 聞き覚えのある声。被っているマスクは全く違うけれど、間違いない。コイツは熱中症で倒れて俺に介抱された、あの時のカエル男だ。俺の言うこと、ちゃんと聞いてくれたんだな。

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