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12話 特別

「もう平気」


 カラになったグラスを俺に返すと、カエルのおっさんはその場から立ち上がった。足取りはしっかりとしており、本当に大丈夫そうだ。これならもう俺がお節介を焼く必要はない……けれど、最後にこれだけは伝えておきたい。


「大事にならなくて良かったね。でも、そのマスクを被り続けるのはやめた方がいいよ。事情があるのかもしれないけど、今日みたいに暑い日は危ないから」


 カエルマスクを被る理由が顔を隠すためなのだとしたら、もっと他にやり用があるはずだ。何より目立ち過ぎる。こいつは自分が不審者だと噂になっていることを知っているのだろうか。


「……考えておくよ」


 肯定も否定もしない曖昧な回答だ。別にいいけどさ。また倒れても次は助けてやらねーからな。


「透」


「へっ? あ、ああ……なに?」


 さっき教えたばかりの名前を呼ばれて動揺してしまう。今更だけどマスク越しではないカエル男の声は、癖が無く耳障りの良い低音で……何というか、妙に色気のある声だった。こういうのをイケボというのだろうな。モグラ男の声とも似ている気がした。やはりふたりは同一人物なのかもしれない。


「ありがとう。またね」


 礼を言われた。熱中症にかかったのを介抱してやったわけだし、別におかしな事ではない。大抵の人間なら礼のひとつも言うのが普通だろう。とはいえ、こんな異様な見た目をしている人物から常識的な対応をされるとなんだか変な感じがする。カエル男は軽く手を振りながら俺の前から立ち去ってしまった。


 奴はここで何をしていたのか。最初に店に来た時だって食事をするわけでもなく、ただそこにいただけ……


「ほんっと……変なヤツ」


 カエル男と再会したら聞きたいことがあったのに、それどころではなくなってしまった。奴が去り際に口にした『またね』を素直に受け取って良いものか……

 偶然遭遇するのを待つしかないというのは非効率過ぎるが、こちらはカエル男について何も知らないのだからどうすることもできない。


「名前くらいは聞いておけば良かったかな。顔隠してるんだから無理か。きっと教えて貰えない……」


 得体が知れなくて恐怖の対象でしかなかったカエル男も熱中症で倒れる。俺の中でカエル男に対しての警戒心が僅かに薄らいでいた。変なヤツであるのは間違いないが、あのカエル男……悪い人間ではないような気がしたのだ。我ながら単純だ。


 幾分日が落ちてきたが、外はまだまだ暑い。カエル男のことは気になるけど、このまま外に突っ立っていたら俺まで熱中症になりそうだ。予想外のアクシデントに対応して疲れてもいる。

 モカと散歩に行けるようになるにも、まだ時間がかかるだろう。俺は自室に戻って少し休憩をすることにした。









 その後、穏やかに日々は過ぎていった。9月から10月になり、ようやく暑さも落ち着きを見せ始める。季節が一気に秋らしくなっていくのを感じた。

 玖路斗学苑の二次試験まで、残すところ後ひと月となった。まだひと月もあると考えるか、もうひと月しかないと考えるかは人それぞれ。俺は後者のタイプだ。試験内容の詳細が明かされていないのも、不安を助長させる要因だった。


 カエル男には……あれ以来一度も遭遇していない。





「うちの学校に河合の他にもいるらしいよ、玖路斗学苑の試験受けたって奴。誰かまでは知らないけどね」


「そうなんだ……一次の時はひとりずつ個室で試験受けさせられたからさ。知り合いがいても分かんなかったんだよね」


「あとね! 私が聞いた話だと、学苑の入学希望者が急増したのはここ数年のことなんだって。河合は特待生以外は試験が無くて簡単に入れるみたいに言ってたけど、実際は違くて。人数を絞るために、面接でもそれなりに落とされるらしいよ」


「へー、何で急に希望者が増えたんだろ」


「学苑の経営陣がごっそり入れ替わったのが関係してるんだって。その時一緒に運営体制とかも色々変わったのかもね。希望者が増えるような嬉しい特典が追加されたんじゃない。河合は知らないの?」


「そういえば……理事長が代わったって学苑案内に書いてあったな。でもいきなり入学希望者が増えるような特別なことってあったかな。てか、ふたり共すげーね。俺より詳しくなってるじゃん」


 藤原と湊は俺が知らない玖路斗学苑のことを教えてくれた。試験を受ける当人よりも詳しくなっていて思わず笑ってしまう。


「特待生目指してるクセに知らな過ぎでしょ。その新しい理事長の名前くらいは把握しておいたほうがいいんじゃない。試験に出るかもよ」


「出るかなー。でも分かった。後で調べとくよ」


「河合ってしっかりしてるようで、割と抜けてるもんな。試験の日時や場所を間違えるなよ。受験票も忘れないように。出発する直前に必ず持ったか確認しろよ」


「私、河合は絶対受かるって安心してたけど、凄いしょうもないミスして落ちるんじゃないかって怖くなってきたかも……」


「大丈夫だって!! 受験票はマジで無くしたらヤバいから、机の引き出しに入れてしっかり保管してるし!!」


 しまった……うっかりしてた。友人ふたりのあんまりな言い草につい大声で反論してしまった。

 以前、教室でうるさくして前の席の小山を怒らせてしまった事があったのだ。またやってしまったと……恐る恐る彼の様子を窺った。小山はどんな顔をしているだろうか。


「あれ? もしかして……セーフか」


 小山は読書中のようだ。いつぞやの時とは違い、俺たちの存在など気にも留めていない。振り向きすらしていないのだ。読んでいる本に集中しているのかな。何にせよ助かった。でも、これ以上騒いでいたらいつ逆鱗に触れるか分からない。

 もうすぐ休み時間も終わりだ。藤原と湊には自分の教室にお帰り頂いて、俺たちの雑談はお開きにしてしまおう。

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