地球最後の男
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地球がエスラ星人の侵略をうけて二年が経過していた。世界の主要都市は次々と壊滅し、生命の存続は、すでに絶望的だった。
ロスアンゼルスのエドワーズ空軍基地の施設内にある会議室では、デビット・クレイン少尉が施設の要所要所を監視するカメラの映像を複数のモニターで見ていた。建物の内部にも広大な基地の施設内にも人影はない。ここはすでに基地としての機能を喪失していた。
会議室のある建物は、完全に外部とは隔絶され、化学物質、放射性物質を防ぐために外部よりも高く与圧されていた。
いま、クレイン少尉が見ていたのは、基地の南端にある格納庫の壁面に設置されたカメラの映像で、画面には工具の散らばった簡易テーブルが写っていた。
すると、その横に何かが動いたように見えたのである。クレイン少尉は遠隔カメラをズームさせた。
それは、触角のある茶色い頭部につり上がった目をした、吸盤のついた指の細長い腕をもつ、エスラ星人の姿だった。
基地の自動防衛システムが作動した。近距離に待機していた無人の警備車がエスラ星人の姿を認識し、格納庫に近づくと、口径5.56ミリの機銃弾を撃ち込んだ。肉片が飛び散る。怪異な姿の異星人は緑色の体液を流して倒れこんだ。
「クレイン!」
突然名前を呼ばれた。
別のモニター画面に、ジャンプスーツを着た同僚のコワルスキーが写っていた。
「クレイン、中へ入れてくれ!」
コワルスキーの立っているのは建物のドアの前だった。カメラに視線を向けて話していた。
「俺がわかるだろ、コワルスキーだ。中へ入れてくれ!」
コワルスキーは、ヘリコプターでエスラ星人と戦闘中に死んだのではなかったか。クレインは、記憶が混乱した。エスラ星人はメタモルフォーゼ、変身して人間の姿になることで、社会に入り込んでいた。人々は疑心暗鬼になり、地球の共同体は壊されたのだった。
だまされるものか、とクレインは、思った。マイクに言った。
「だめだ、開けられない。コワルスキー、君は死んだ筈だ!」
すると、コワルスキーは落胆したような表情になり、カメラに向かって言った。
「クレイン、俺たちは信頼しあった仲じゃないか。俺はこのとおり、生きている。信じてくれ」
クレインは、モニター画像を切った
会議室を離れて、通路を備品庫へ歩いた。棚の自動小銃を確認して、携行食料のパンの缶詰を取ると会議室へ戻った。モニターの画像を再び表示した。そこで目を疑った。
滑走路に大勢の人影を確認したのである。
二十人程の人物が建物を遠巻きにしていた。すると、その中から一人の女性が前に進み出て、この建物に歩いてきた。
「デビット!」
女性は呼んだ。クレインは、思わずつぶやいた。
「リン……」
五年前に別れた妻だった。
「デビット、あなたと話したいのよ。ここを開けて、お願い!」
クレインの気持ちが動揺した。
「君は、無事だったのか」
「今まで地下室に隠れていたの。街にはまだ無事の人はいるわ」
クレインは、建物のドアのロックを解錠した。デビット、とリンは言いながら、会議室に入ってきた。クレインの心に懐かしさと、一緒にいた頃の思い出がよみがえる。長い孤独に堪えてきたクレインが気を緩めた一瞬だった。
「………リン」
元妻は昔のままの容姿でクレインに近づいてきた。次の瞬間、リンの顔の表情は溶解し、おぞましいエスラ星人の素顔が現れた。リンの姿をしていた異星人は口から粘液を垂らしながら、獲物に近づいてきた。
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