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恋愛短編

赤いブランコ

作者: 二藍

[好きなものは?]


赤いブランコの絵が飾られている部屋。

僕が描いたわけではない絵。

初恋の人が描いた絵。


好きなものが分からない。

人から誉めらめるものを沢山作って、好きって言って、親を喜ばせていた。


テストで満点を取ると父は喜んだ。

通知表でオール満点を取ると母は喜んだ。

凡人の僕にできる事で親を喜ばせるのは難しかった。だからできる事を精一杯やり続けた。


僕には自己他、認める天才の兄がいる。

その兄に、両親に失望されない為に僕は頑張ってきた。


ならば好きなものはなんだろう?


小学生の時、自己紹介カードで好きなものを書けなかった。他のものは全て埋められた。だけど、どうしても好きなものだけは埋められなかった。

クラスで流行っているものを書いた。

それを覚えて話すためにそのものを一生懸命覚えた。

何年も何年も小学生が終わっても、僕は嘘をつき続けた。


嘘で言葉を包み過ごす内に言葉が嘘となり、真実が何かわからなくなった。



冬の風は乾燥していて痛い。寂しくなった木は一人の僕のようだ。

口から溢れた白い息に凍りそうな瞳。

渡り廊下を歩く足音に残る余韻。


暫く歩いた先に辿り着いたのは美術室。

なぜだろうか、美術の先生から呼び出された。

今まで先生に呼び出された事はまず一度もない。それに加えて、先生が今求めているものを生み出し続けたはずだ。どの教科でも……。


提出期限は守り、発現もし、テストも良い点を取っている。

なのに何が問題なのか?

どれだけ考えても答えは出てこない。


腕につけた時計を見て、ドアを三回ノック。

待ち合わせの時間ピッタリ。一秒一分無駄にせず、完璧な時間配分だ。


そんな美術室から笑い声が聞こえる。

「ククッ、どうぞよろしい」

「はい失礼します」

ニコッと笑ったはずだ。人を不快にさせず怖がらせない笑顔。

見えた先にはキャンバスに向かい喋る丸眼鏡の男だった。手には使い込まれた筆。

「時間ピッタリだな」

「ありがとうございます」

「なぁ、この作品どう思う?」

そこに出されたのは、先週提出期限の一日前に出した僕の作品。

僕からしては完璧で、先生が求めているものを全て過ぎ込んだ作品だ。

「自信作です」

「そうか?」

「私はこの作品を−Bにしようと考えている。」

「はっ、何故ですか?」

今までは+Aだった。どんな作品も、

「ん?知りたいか」

「はい、教えてくださるなら」

「この作品のテーマは自分の好きなものまたは、事だ。」

「はい、おっしゃる通りです」

「本当に君はこれが好きかい?」

「……はい」

「なるほどね」

少しの沈黙に先生はずっと絵を描き続けている。そこに描かれているのはショートケーキだった。ゴロゴロでした苺が沢山乗っている。

「因みにね」

「はい?」

「私はコレをこれを+Aにしようと思っている。」

「は……」

そこに出されたのは明らかに自分よりも下手な作品だった。

先生はコレを求めていたのか…、

「何故か理由を伺っても?」

くるりと丸椅子の上、体の方向を変えてこちらを見る。黒曜石のような黒い瞳の視線が僕を刺す。

「このテーマは各々の感性を見たいんだ。

その人の好きなもの、好きな色とかな」

「はい」

「美術はその人の感性だ。

私が喜ぶ作品、求めている事を君はよくやってくれるがそれは美術ではないと私は思う。

君の感性を見せてくれないかい?」

「……」

「好きなものを見せてほしいんだ」

「……僕には、好きが分かりません」

「うん」

「何が好きなものですか!」

「貴方と違って僕は必死なんですよ!

兄さんに失望されないように。両親に喜んでもらうために。」

「……………」

「貴方は知らないでしょう?

かけられる圧を、当たり前だと言われる事を。何も知らないのによくものうのうと自由とか好きなものとか、言えるな!

馬鹿馬鹿しい」

「何か言ったらどうなんだ?先生」

「……、じゃあ言わせてもらおう」

「黙って聞いてたら、好きなものがないとか、夢がないとか」

「夢は言ってません」

「黙っとれ!君は好きなものがないと言ったが」

「君は私が求めているものを的確に描いてくる。本当にすごいと思うが、今回はそうじゃないんだ」

「ほら描いてみろ」

出された真っ白のキャンバス。出されたプラスチックのパレットにはカラフルな絵の具が乗っていた。

筆を手に持つが全然描けない。

「何を描けば……、」

「何色にでも染まれるぞ?」

「だから何を描けば?」

「好きなものを、好きな事を、好きな人を」

逆光でさす太陽の光の前の先生がいつもより、神秘的に見えた。

「……、」

「好きなものが何もないという事は、何にでもなれるって事だ。

何でもいいんだ。ケーキでもアイスでも、ミルクレープでも」

「食べ物ばかりですね」

「ん?あぁ、そうか」

「……、なんでもいいのですか?」

「あぁ、」


覚束ない手で描いたのは、赤いブランコだった。いつもより何倍も下手な絵。

下手に描いたわけではない。

実物が下手なのだ。

「赤いブランコか?」

「失礼ですね。逆に何に見えます」

「アイス……」

「食べ物しか脳にないんですね」

「君はコレが好きなのか」

「いいえ、ブランコは好きではありません。」

「ん?どういう事だ」

「この絵が好きなんです。この絵を描いた人が、……もう会えないのですが」

「…そうか」

「好きなものは無理に作らなくていいんだ。だけど、あった方が生きるのが幾分かラクになる。」

「そうですか」

「人に従うのも大事だが、優先順位を間違えるのではないぞ?」

「はい」

「自由は楽しかっただろう?」

「…ええ、とても」

僕が美術室を去ろうと扉を開けかけた時、

「あと、コレは独り言だが」

(あと?)

「君はこの課題、+Aにしなければな」


「ありがとうございます」

「ん?私は何かやったかな?」

「いいや、なにも」

「はっ、生意気なガキになったな」


先生、貴方は僕に自由をくれました。




唯一の好きなものが初恋の人の絵なんて素敵じゃないか。

+Aと。

読んで頂きありがとうございます。

反応していただけると活動の励みになるので気軽にして行ってください。

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