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少女冤罪~魔神に飼われた少女たち~  作者: 軌条
正義が死んだ日
1/6

鉄道爆破事件

タイトル悩んでます。変更するかもしれません。

毎日更新はたぶんできません。



 魔神が棲む街。

 正式名称は誰も知らない。少なくともこの街のどうかしている少女たちは誰も気にしない。安直に魔神街と呼ばれている。あるいは“この辺”。“この界隈”。“魔法界”。“箱庭”。“地獄”。“楽園”。“やっぱり地獄”。

 

 街は一見発展しているように見える。立ち並ぶオフィスビル。眩いLED看板。様々な店舗が立ち並ぶ商店街。緑豊かな公園と散策にうってつけの遊歩道。駅前にはライトアップされた噴水や花畑があり、広くてゆったりとしたバス乗り場もある。


 しかし人が異様に少ない。いないわけではない。しかし街の規模から考えると閑散としていた。

 街行く人は全員少女か、若い女性だった。男は一切いない。中年以上の大人もいない。逆に、幼児もいない。いるのは十代半ばからせいぜい二十代後半までの、若い女性たち。


 そして女性たちは殺伐としていた。目つきが怖い。はっきり言っていかれちゃっている。

 実際、女性たちは殺し合っている。それぞれに派閥があり、異なる派閥の女性たちが遭遇すると殺し合う。

 なのでこの街はいつもどこかで戦いが起こっていた。そのたびに病院からヘリが出動し、死亡者や重傷者を回収、病院で治療を行う。

 病院という場所は大したもので、首と胴体が分かれた少女を数か月後には元気に走り回れるくらいに回復させてしまう。退院後性格が変わっていたり身長が10センチくらい伸びてたり血液型が変わっていたりするが些細な問題だ。

 そんなわけないだろと思うかもしれないが実際そうなっているのだから仕方ない。


 つまるところここはそういう街だった。

 そしてそんな街を誰よりも愛する女がここにいた。


 陸橋に鉄道の線路が敷かれている。橋脚の下、万年日陰のじめじめとしたコンクリートの上で、一人の女が七輪で魚を焼いていた。

 パタパタと団扇うちわで火に空気を送り込んで火力を調節している。

 キャンプ場にありそうな小さなパイプ椅子にちょこんと腰かけ、煙まみれになりながら魚を焼く。


 黒淵メガネ、黒コート、黒いブーツを身にまとった黒の長髪の女、年齢は18くらい。大胆に露出した太腿は肉付きが良く健康的だ。ドクロだのヤギの頭だのを模したアクセサリーを首や手首にじゃらじゃらと着けている。胴回りのベルトが鮮血のように真っ赤で、金縁の金具が炎に反射してちらちらと光っている。


「あ~、また焦げた~」


 箸で魚をひっくり返した女は、裏側が真っ黒になっていることに気づき、嘆いた。そしてそのまま顎を持ち上げて口の中に投下する。

 一口でぱくり。しょうゆを後から口に入れて、中で混ぜる。豪快で下品な食べ方だった。骨をバリバリ噛み砕く音が周辺に鳴り響く。

 咀嚼している間に汗でメガネがずり落ちる。それでも構わずに顎を持ち上げたまま口を動かし続ける。湯気を炎のように吐く。

 腹の中に全ての栄養素を収めたあと、水筒に入っていた麦茶をそのまま口をつけて飲んだ。口を乱暴に拭うと、ふらふらと立ち上がり、橋脚下の壁に凭れてずるずると腰を下ろした。眼鏡を外し、愛用のコウモリを模したアイマスクを付け、二秒後には寝息を立て始める。魚を焼いていた炎はいつの間にか消えていた。


「おーい、先輩! 電車来ましたよー! せんぱーい!」


 ぐーぐー眠る女に呼びかける金髪の女。小柄で、着ているジャケットにはアニメキャラクターの顔が印刷してある。小さなリュックサックを背負っているが、そこから長ネギやそろばんやプラスチックバットなどの頭が突き出していた。

 

「せんぱーい。……えっ!? 寝ちゃってるんですか!? さっきまで魚焼いてたのに!? 私にしょうゆ買ってこさせて!? 起きてよ、大禍時おおまがとき先輩!」


 大禍時と呼ばれた女はアイマスクをずらした。そしてしょぼしょぼの目で金髪女のほうを見る。


「うるせえなぁ~。午睡シエスタの時間だろうがよ~。サーカディアンリズムって言葉知ってるか~? 午後二時、昼寝にはうってつけの時間帯なんだよぉ」


 金髪女は大禍時を軽侮するような視線を寄越しつつも、ちょっと怯えた様子で、


「でも先輩。もう電車来ましたよ。今ちょうど橋に差し掛かったところで」

「それを先に言え! なんのためにパトロールさぼってここにいると思ってぇ!」


 アイマスクをコートのポケットに突っ込みながら走り出す。その直後につまずき、受け身も取れずにコンクリートの地面へ頭から突っ込んだ。そして奇跡的に無事だったメガネを慌ててかけながら、橋脚の下から出る。


 日陰から日の下に出たおかげで外の世界が眩しく、大禍時は顔をしかめた。眩暈がしたらしく後輩の金髪女によりかかる。後輩は先輩を支えたが、この悪しき先輩はついでのように彼女のお尻の肉を鷲掴みにした。


「ひっ! ちょっと! せんぱぁい! セクハラやめて! うひー」


 大禍時は涎をじゅるじゅる垂らしながら攻めまくる。


「女同士なんだからいいだろうが。それにしてもガリガリだな未央みお。ろくにメシ食ってねえだろ。だから背ぇ伸びねえんだよ」

「ご飯はちゃんといただいてますよ。……いやあの、本当にやめて?」


 大禍時は金髪女――未央を解放し、満足げに陸橋上の線路に向き直った。

 ここからならこの街に入って来る列車を正面から眺めることができた。

 新たにこの街に入居してくる少女たち100人程度が、もうすぐ電車に乗ってここにやってくる。

 月に一度の新人デイ。この街でやっていける奴は一割もいればいいほうだが、大禍時が気にしているのはそんなことではなく、好みの女の子がいるかどうかだった。


 大禍時は同性愛者ではない。少なくともこの街にやってくる前はそうだった。しかし周りに女、それも血の気の多い女しかいないとなると、段々趣味嗜好が変わって来た。表面だけの付き合いではなく、ときに殺し合い、ときに命を預け合う、血みどろの日々が彼女を変えた。

 元々は男好きだったので、彼女の好みはイケメン系だった。しかし可愛い系も段々いけるようになってきた。お姉さん系はこの街に来る前からときめいていた。最近は特にメイドさんが気になっている。色々開拓した結果、イケメン系の女性を見ると「王道もやっぱりいいな」と思うようになった。しかしよくよく考えれば王道というのならそれは男性であり、男性的マニッシュな女性ではないはずだが、彼女はもうそこには気づかない。


 涎を垂らしながら電車を待っている大禍時を、未央は白けた目で見ていた。


「先輩、もし仮に好みの女の子を見つけたとして、その後はどうするんでしたっけ」

「連絡先を交換する。Twixerやってる? って聞く。他のSNSはよくわからにゃい」

「でも、新人さんはこの街に入場して一週間は接触禁止ですけど。連絡先を交換するにしても、そう焦る必要はないと思いますよ?」


 利口ぶる未央の頭を掴んだ大禍時は凄んだ。未央はびくりと体を縮こませた。


「それはクソ夜綱よづなが勝手に決めたルールだろうが。よぉーくその可愛いサイズの脳味噌で考えろよ。せっかく良い女がいても、一週間以内にこの街から去る可能性もあるよな? 安楽死を選んでよ」

「そ、そういう子もいますねー。ゆっくり観光してって欲しいですけどー。もてなすのに」


 観光と聞いた大禍時は鼻で笑った。この街を観光気分で歩き回れるはずがない。


「一期一会なわけよ。もう二度と会えないかもしれない。一夜だけの関係になったとしても、今後を生きる私の糧になる。そうは思わないか、なあ未央」

「同意を求めないでください。別にあなたの価値観は否定しませんけど、わたしは違いますからっ」

「生意気だなぁ、お前……。次は乳揉ませろよ」


 大禍時と未央がきゃあきゃあ言い合っている間に、電車が近づいてきた。

 かなり速度は緩やかだった。徐行とまではいかないが、明らかに速度を落としている。乗車している新入生たちに、橋の上からの景色を見せてあげているのかもしれない。

 大禍時は電車に向かって手を振った。すると新入生たちが窓を開けて、顔を出して、手を振り返してくれた。


「おー。おー。可愛い顔がたくさん。おい見えるか未央。私に可愛がられたがっている女があんなにいるぞ。どれにする?」


 未央は苦笑しながらも新入生に手を振った。彼女も可愛い後輩たちの登場にまんざらでもないようだった。


「彼女たちは普通に挨拶してるだけでしょ。まさかあの子たちも、先輩がこんなゲスい考えの人だとは思ってませんよ」

「うーん、しばらくは良き先輩を演じないとなー。寄り付かなくなってしまうからなー。そんで機を見て大量収穫……。ん!?」


 大禍時は目を見開いた。その鬼気迫る表情に未央は硬直する。こんな殺気立つ大禍時は敵幹部と遭遇したときくらいのものだった。


「どうしました先輩!?」

「一人とんでもない美少女がいる。透明感半端ない。女優か? アイドルか? 前世はサキュバスか? 窓越しにしか見えない。顏出してくれないかなー。なんか本読んでるわ。……漫画?」


 未央は手を振るのをやめて、大禍時から改めて距離を取った。


「ええ……。とんでもなく目良いですね。車内の様子まで見えるんですか?」

「目に魔力を集中している」


 大禍時は何でもないことのように言う。しかしそれは魔法使いたちにとってかなり破天荒な行動であり、未央は慌てて大禍時に縋りついてやめさせようとした。


「ち、ちょっと、何に魔法を使っているんですか!? 先輩は度重なる規約違反で、戦闘時以外の魔力使用は禁じられているでしょ!? そもそも魔力の無駄遣いダメ!」

「てめえ節穴かぁ? 今、戦闘中だ! 無駄遣いでもねぇ!」


 未央を振りほどき、大禍時はなおも目に集中した。一秒でも長く美少女視界に捉え、網膜に焼き付けなければ。


「また反省文地獄に陥りますよ! ていうか連帯責任でわたしもやらされるんですからね!? 分かってます!?」

「お前反省文何回目だよ。いいかげん書き慣れただろ」

「全部先輩の巻き添えで書かされてるの! もうヤダ! 単純に怒られたくないし!」


 大禍時と未央はもみくちゃになった。その間にも電車は進んでいく。

 新入生たちは大禍時たちに興味を失ったのか、手を振ってくれる者はいなくなった。

 せっかく心を通わせていたのに――大禍時は未央の柔らかいほっぺをぐにぐにとつねる。

 

「おい! 一期一会だって言っただろ! 新人ちゃんたちのご尊顔を見させろ! この日のためにメガネを新調したんだぁ!」

「パトロールをさぼり! 魔法を無断で使用し! 規則を破り新人と接触! 先輩いよいよ夜綱さんに殺されますよ!」

「上等だあのクソ女! 怒った顔がゾクゾクするんだよ! もっと私を叱って欲しい」

「もうだめだこの人無敵だ」


 絶望した未央の力が緩む。

 大禍時は彼女を振り切り、跳躍した。

 魔法を使っていたおかげで、勢い余って身体能力も強化され、数メートル宙を跳ぶ。

 そして未央に捕まる前に、電車の新人たちの顔をもう一度拝もうと目に魔力を集中させた。


 蛇のように電車の車体がくねる。

 レールから外れた車輪が、赤い閃光と黒い煙と共に飛んでいく。

 四両編成の車体が千切れ、四方八方に破片が飛ぶ。

 乗車していた新人たちの手足が爆風の中に垣間見えた。

 鋼鉄の車体がひしゃげ吹き飛んでいく中、生身の彼女らが無事であるはずがない。


「――は?」


 遅れて知覚した轟音と爆風と熱。

 大禍時は空中でそれらの衝撃を受け止めた。

 魔法を既に発動していたおかげで臨戦態勢だった。

 問題なく着地するが、無防備だった未央が地面をころころ転がっていくのを横目で見た。

 熱気で、一瞬で目が乾く。

 しかし瞼を閉じなかった。

 橋の上で派手に爆発した電車。空中を舞う黒い灰。そして遅れて降ってきて橋の下に散らばる残骸。

 白々しいほど青い空の下、既に電車は派手に破壊され、一目で生存者はいないと分かった。


「な、なにが起こって……」


 未央が後ろで怯えている。大禍時は正面だけを見ていた。

 燃え上がる車体の中から、動く影があった。

 同乗していた車掌も引率の魔法使いも死んでいる。新入りもほとんど死んでいる。だが一人だけ生き残っていた。


 灼熱の電車から悠々と姿を現したのは、やや小柄な、一五歳前後の少女。

 肩まで伸びた黒髪。整っているが地味な印象を受ける素朴な顔立ち。

 真新しい高校の制服を着ている。紺のスカートの端が焦げていた。

 そのまっすぐな眼差し。こんな事故にも関わらず動揺する気配はない。

 この事故で無事なのは目の前のこの少女のみ。


「――お前か?」


 大禍時は呼びかけた。


「お前が、電車を爆破したのか?」


 最初は、そう決めつけたわけではなかった。

 しかし言葉にしてみると、それ以外の可能性は皆無のような気がした。

 状況もあるが、大禍時の勘が、目の前の少女以外の犯人はいないと強く訴えてきていた。そうとしか思えない。

 未央も同調し叫ぶ。


「どうしてこんなことを!? ひどい!」


 黒髪の少女はぎろりと睨みつけてきた。ひいと悲鳴を上げた未央は大禍時の背後に隠れた。

 大禍時は黒刀を召喚した。右腕にずしりとその重みがのしかかってくる。

 その重みが心地よいレベルまで緩和されるよう、魔力量を調節する。

 そしてゆっくりと構える。右腕を大きく広げ、体勢を低く、獣のような体勢になる。我流の剣術。


 目の前の少女は新入りだ。今までこんな風体の女はいなかった。女好きの大禍時は自信を持ってこんな女は今までこの街にいなかったと断言できた。

 となると、大禍時が負けることはありえなかった。魔法使いの実力は練度に依存する。才能だとか、時の運だとか、相性だとか、そういった要素もなくはないが、より魔法を長く扱っている人間がより強い。

 魔法を使えば使うほど魔法は強力になる。その単純な事実によって、新人は先輩魔法使いには勝てない。勝負にすらならない。プロレスラーが五歳児と対峙しているようなもの。例外はない。この街で最強と目されている夜綱よづな雷虎らいこですら、新人の頃はこの街で最弱の一人だったわけだ。


 しかし大禍時は不気味な予感に襲われていた。先ほど電車を破壊した爆発は、新人魔法使いが出せる威力ではなかった。

 それに、この規模の爆発に巻き込まれたのにほぼ無傷の少女が不可解だった。少し衣服が汚れているだけ。


 少女は無防備にそこに立っている。戦意はさほど感じられない。しかし大人しく捕縛する気になれなかった。


 殺さなければ殺される。

 百戦錬磨の大禍時の直感だった。

 刀を構えたまま近づく。

 少女は悲しそうに大禍時を見た。

 胸の奥でズキンと古傷が痛んだ。

 大禍時はこの感覚を知っていた。しかし今はそれを無視した。


 一気に踏み込む。黒刀が少女の首にかかり、呆気なく撥ね飛ばした。

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