貼り紙
いつもと同じ帰り道。サラリーマンの日常は勝手にルーティーンを作られてしまっている。
このまま帰って、明日を思いながらビールを飲み干してシャワーを浴びて……。
俺は少しばかりため息をついた。バーにでも行けば出会いもあるし、憂さも晴れるかもしれないが、そんな金の余裕もない。
「おや?」
思わず独り言を呟く。住宅街の細い路地の壁に何やら貼り紙を見つけたからだ。
紙の真ん中に五センチほどの文字が数字書かれている。
何だろうと近づいてみると『←左に曲がれ』の文字だった。
何だろうと思いながら、好奇心に負けて左に曲がる。すると壁からはみ出す八ツ手の葉の下に、また貼り紙だった。
『→右に曲がれ』
少し笑ってしまった。これがカフェへの案内だったら面白い。そしたら冷たいものでも飲めば良いかもしれない。俺は言われる路地を曲がり、しばらく進むと右側の壁に次の指示を見つけた。
『↑直進』
まだ進ますのかと苦笑したが、このいつもと違う日常に付き合ってやることにした。
「ウォーキング代わりになるかもな」
そんな言葉を呟きながら、直進。そして右に、左に。
少しばかり薄暗くなったところで、行き止まりの路地に入ってしまった。だがそこにも貼り紙があった。
『どうぞ隙間を覗いてください』
少しばかり戸惑う。
確かに塀と塀の間に隙間がある。敷地と敷地の境で、そこはどちらの家のものでもない隙間なのだろう。
今までの案内がそのため?
変に思ったが、塀と塀に手をついて隙間を覗いた。薄暗いが隙間の奥に何かが見えた。
それは一枚の貼り紙で、そこにはこう書いてあった。
『振り返るな!』
その文字に驚いて振り返ってしまった。
今まで気付かなかったが、俺の背後には背の高い無表情の女が、俺をジッと見下ろしていた。
そして俺と目が合うと、ニタリと笑ったのだった。