2-35奮闘した悪役令嬢の集大成⑧
今はまだ、私の持ち時間である。それなのに、魅了の力を過信するシャロンが、恐れ知らずに声を上げる。
「うッ嘘よ、嘘よ、嘘よ……。どうして、あなたがイベントに成功するのよ……。何も知らなかったくせに……。悪役のくせに。あ、あたしは信じないから……」
現実が分かっていないシャロンをいい加減、知らしめる必要がある。そう思い、壇上の中央にできた大きな穴の手前まで歩みを進める。
「あなたは何も知らない人間に負けたのだと、いい加減、恥を知りなさい。自分の方が長けていると慢心するからよ。私は全てを塗り替えて完璧なエンディングを迎えたわ。これ以上、私に言い掛かりをつけるのは、はしたないんじゃなくて」
そう調子付いて言ってみたものの、ただ一人、我が家の川岸に眠るルーカス様のことは私とザカリーの秘密だ。どうか、私の枕元に立ちませんようにと願うしかない。
「嫌よ。嫌よ。嫌よ。あれは、あたしが受け取る聖女の実だったのよ。陛下の許しもなく、勝手に聖女の実を手にするのは無礼だわ」
「ハロック男爵令嬢。陛下の断りもなく発言するあなたが無礼ですわ。その煩い減らず口を、いい加減閉じなさい」
「そういうアリアナだって」
「いいえ。わたくしは、陛下の命令に従って、観衆の前で奇跡を見せている最中なのよ。もう観衆はいなくなりましたが、そうですわよね陛下」
と告げ、すっと陛下へ顔を向ける。
混乱の残る陛下は、一拍遅れで、カエルが潰れたような「ぐふっ」と音を出した。まあ、これで十分だろう。
「わたくしは初めに陛下へ進言いたしましたわ。ここに並ぶバラはジェムガーデンの花ではなく偽物だと。どうしてわざわざ偽物を並べたのか、分かりましたの」
偽物と言われたのが気まずいのだろう、陛下は私から目を逸らす。
「陛下は、偽物を目の前にして、どのように対処するのか? 人となりをみていた。そうでございますわよね」
「え、いや。……ああ、そうだ」
「ハロック男爵令嬢は光るはずのない花を、どういうわけか輝かせた。よって観衆を欺いているのは一目瞭然でしたもの。そうしたら、聖女の実が私を選んだのです。その使命として、たった今、空から落ちる岩を砕いたところです。それでも、わたくしが聖女に相応しくないと仰るのなら、この国を去るまで」
ここまで言い切ると、ゆっくりとした拍手が辺りに響く。その発生源は、自信に満ちた第二王子である。
「お見事としか言いようがないですね。瞬時に陛下の思惑を見抜いて、この国を危機から救った。その、バーンズ侯爵令嬢がこの国の聖女であることに異議のある者はいないでしょう。陛下続きをお願いします」
その言葉にハッとする陛下は、何かをしきりに考えているようだ。表情が冴えない。
「陛下。その前に私から一言よろしいでしょうか」
と王太子が初めて発言し、陛下が「うむ」と、頷く。
「ハロック男爵令嬢が、神聖な場で堂々と不正行為を働いた事は、由々しき事態。それも、あれほど巧妙にやってのけたのは、事前に今日の式典の内容を知らされていたからでしょう。王太子である私は知らなかったのに。陛下の仕込みでしょうか?」
「いいや、違う」
焦りの色が見える陛下は、自身の保身に走ったのだろう。自分は関係ないと言い出した。
すると、追い詰められたシャロンが「ジェイデン様?」と、上目遣いで発する。
「失敬な! 男爵令嬢ごときが私を名前で呼ぶとは随分と教養が足りないようだ。……ああ間違った。そういえば君は、既にサミュエルの側室だったらしいな。となれば、弟と二人で今のいかさまを考えたのだろう」
「違います兄上。僕は関係ありません」
「何を言っても無駄だ! いくらワインを飲み過ぎたとはいえ、あの時間まで寝過ごすのは、冷静に考えるとおかしかったからなッ。違和感のあった事を、二日前にクロフォード公爵から全て聞いた!」
元々単刀直入にものを言う殿下が、大激怒でまくし立て、二人は顔面蒼白になる。
あれ? もしかして、私が王太子を目覚めさせたのは、シャロンと第二王子にとっては相当な痛手だったのではないか⁉
「何を耳にされたのか存じませんが、僕は関係ありません」
「お前も知っているだろう。私は人の何倍も耳がいい。ハロック男爵令嬢が、バーベナの呪文を唱えていたのが聞こえた。バーベナはお前が専有していたんだろう。言い逃れはさせないからな」
「違います。僕を信じてください。シャロンが一人でやった事です」
「えっ⁉ ちょっと、何を言っているのよ。あたしは関係ないわ」
懲りない二人は双方に睨み合い、自分は悪くないと責任の擦り付けを始めたが、何かに気付いた第二王子が口を噤む。
岩が消えたのを目撃した貴族たちが、この広場にぞろぞろと再び姿を見せる。
「陛下。どうやら観衆も戻ってきたようですし、今日の式典をまとめてください。王子の婚約発表と、国民を欺いた王族の廃位とその側室の処分を。老いぼれて判断が付かないのでしたら、陛下もその座から退いていただく必要がありそうですが」
「何を言うか、私は正気だ。王太子の願いは承知した。私も同様の見解である」
「そうですか。まだ、分別がつくようで安心しました。そうだ、それと、この国で一番尊い存在である聖女様には、この国で最も優秀な騎士を護衛に付けてください。私の代わりはいるが、彼女の代わりは誰もいませんからね」
「ジェイデン王太子殿下?」と私が問えば、初めてこちらを見て、穴の手前まで歩み寄ってきた。
そして、棒立ちの私は王太子から深々とお辞儀をされる。
それは、王族が自分より目下の者にすべきではない、深い角度の最敬礼を表す。
「二人の恩人に返せるのはこれくらいしかありませんから。ブライアンが私を起こしにきたあの日、口に入っていた花びらを受け流してしまったが、すぐに気付くべきだった」
「ああ、ダリアの事ですか」
「ええ。花の祭典で、わざとあなたへ失礼な事を伝えたのに、私を見捨てず救ってくれるとは。ブライアンの横でうつむいていたあなたが、こんなに勇ましい人だとは知らなかった」
「勇ましい⁉ 私がですか?」
「どうやら私は本当に女性を見る目がないらしい。ブライアン程の人物が、あなたを追いかけている理由が分からず、彼があなたに騙されているのではないかと思ったくらいだ」
「騙す……ですか」
あながち間違ってもいないが。
「あのう……。私はこの国に残ってもよいのですか?」
「当然、いていただかなくては困ります。あなたがいなくなれば、私の親友もいなくなるのでしょう」
「まあ、確かに……」
「今日は素晴らしい奇跡を見せてもらった」と、またしても頭を下げる。この悪役令嬢の私に。
王太子殿下のこの姿を目にして、大半の事情を知らない貴族たちから、どッと嵐のような大歓声が巻き起こる。
それは、陛下の要求に、正々堂々、私がシャロンに勝利した瞬間だ。
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次話、第2幕の最終話となります。






