2-34奮闘した悪役令嬢の集大成⑦
「言わぬが花」と発した私に、真っ先に反応したのはシャロンである。
真っ赤な顔で「あたしの聖女の実に何をしてくれるのよ!」と騒ぎ立てるが、構わずジェムツリーへ振り返る。すると、聖女の実から、七色の光が一直線に私へ向かってきた。
その光は、私の体に吸い込まれ消えた。ほんの一瞬の出来事として。
静まり返る会場。誰もが皆、何が起きたのか正しく理解できていない。
そんな中。二人の足音が、一斉に向かってきて、私の両サイドに立つ。何かを企んでいたブライアン様と兄だ。
「アリアナ。どうしてこんな無茶をした。今、叫んだのは……」
「あの鉢植えに書いてある呪文ですが、何か? 私、ブライアン様にすっごく怒っていますからね。一生、馬車馬のように、こき使ってやるから覚悟なさってください」
「馬車馬のようにアリアナの近くにいていいなら、もちろん、そうするさ。その申し出を喜んで受ける。一生アリアナのために尽くす」
「契約成立ですけど、本当にお馬鹿ですね。こんな危険な誘いに喜んで乗るなんて」
「まあね。誰も扱いきれないじゃじゃ馬を手懐けるのは、何とも言えない優越感があるからね」
「はっ! か弱い私をじゃじゃ馬呼ばわりしていないでしょうね! いい加減、そのズレた感性をどうにかしてくれないかしら」
「二人とも落ち着いて。公爵様が可愛い妹に遊ばれているのは、よーく、よーく分かりましたから。アリアナは、公爵様で遊ぶのは後にしてくれないだろうか。ここから、逃げる方が先だ」
「この場で遊ぶわけないでしょう――」
――ジッジジ――。ジッジジジジ――。
っと、強制的に私の頭の中に映像が流れる。
――ゴゴゴッと音を立てて動く大きな岩……。
「隕石……?」
「どうした、アリアナ?」
「隕石が落ちてくる。ブライアン様ッ、大変です。大きな隕石の映像が頭を過ったわ。……間もなくどこかへ落ちる」
「それは誠の話か⁉」と、ブライアン様と兄が同時に反応する。だが、シャロンがしれっとケチを付ける。
「ふんっ。馬鹿はあなたでしょう。何も知らないくせに、あたしの聖女の実を奪うからよ。あたしは当然、知っていたけどね。どうせ、あんたはここで終わりよ」
私をねめつけるシャロンが「終わり」と言い切ったとなれば、これはゲームの最後のイベントで間違いない。
「本当に岩が見えてきた」と、ブライアン様が口にするが、私の肉眼では捉えられない。
「シャロン! どこに落ちるのか教えなさい」
「ふふっ。し~らない」と言い残し、この場からスタスタと離れ、第二王子の元へ向かう。
私の頭の中に映った大きな岩が、私たちの遥か頭上を通り過ぎ。他国へ落ちるなら、そもそもイベントにならない。
私が「必死に壊したい」。そう思う場所に落ちるのだろう。
……いよいよ私にも小さな点として、隕石が見えてきた。
少し前から、会場中がガヤガヤと大騒ぎになっている。
壇上で虹色の光が私に差し込んだかと思えば、ブライアン様と兄が動き出したのだから。
だが、陛下と王太子が真っ青になっているところを見れば、今の事態は飲み込めているようだ。
「お兄様! あの岩は、どの場所に落ちるか計算してちょうだい」
「ああ。今、そうしている。速度と角度から割り出しているから、もう少し待て」
魔法なんて使ったことがない。使い方も知らない。この状況で、迫りくる岩を形も残らず粉砕できるのか……。
「よし、計算が終わった。岩が落ちるのは、クロフォード公爵様の領地の西側。落ちた衝撃の爆風で、バーンズ侯爵領も無傷ではないな」
「ありがとうございますお兄様。たまには役に立つじゃない」
「アリアナだけだ、私の評価を捻じ曲げているのは」
「ちょっとお兄様は黙っていらして。……私、この前、素直で可愛らしい子どもに出会ったのよ。助けてあげなきゃならないもの」
一か八か。取りあえず隕石を壊すイメージを念じる。
割れる音は聞こえない。だが、一つだったはずの岩が、バラバラと三方向へ動き出す。
「嘘……魔法が失敗するなんて聞いていないわよ。こういうのは、一発勝負で成功するもんでしょう」
「練習もしてないからね、そんなものだろう。気にするな」
「ちょっと! ブライアン様は何を呑気に言っているんですかァッ! 私には、無理、無理、無理。できないです! 急に使ったこともない魔法で岩を何とかするなんて、やっぱり無理に決まっています」
「落ち着いて。私は最後まで傍にいるから」
「そんなこと言われても駄目……怖い」
「大丈夫。アリアナには私がいるから一緒にやればできる」
「無理ッ!」
「ほら、よく見てごらん。無暗に狙ったから上手くいかなかっただけさ。三つに割れた岩。一番先に落ちるのは、今、真下に向かっているあれだ」
真剣な口調で宥めるブライアン様は、私の背後に立つと私の手を取りながら、一つの岩を指し示す。そうなれば、二人で一つの岩に集中する。
「そう、見えているね。アリアナは言っていただろう。砂のように散らせると。自分がどうしたいのか、どこを狙うのかしっかり想像するんだ。いいかい、あの岩だ」
狙いは、今、ブライアン様と一緒に指さす岩。それを砂粒の大きさまで粉灰にすると丁寧に念じる。
すると、そこにあった黒い塊は消失し、陽の光を受けてキラキラと輝く光の帯が空に広がった。
「奇跡だわ。上手くいった」
「私は、できると予見していたけどね。さあ、次はあの右に見える岩だ。アレは角度を変えていないから、セドリック殿の計算どおりの場所へ落ちるだろう。だとすれば、小麦地帯の交易路が全て遮断される」
「無理、私には、見えなくなったわ」
「いいかい。私の指の真っすぐ先にある」
一つ目の砂のせいだろうか? それとも既に遠く離れて見えないのか、私には大きな岩とて見えていない。
「そんなことを言われても、分からないわよ」と、振り返って彼を見る。
そうすれば、ブライアン様は、怖いくらい真剣な顔をしている。
「二人でやればできる」
「その言葉を信じるわ」
彼が指す先に集中すると、彼と私の心が感応し合い、彼の気持ちが伝わる。そして、「今だ」と心の中でブライアン様が呟く。
「散れ」
「今日のアリアナは随分と素直だな、上手くいった」
「真面目で従順には定評がありましたから」
「従順ね……何かの間違いだろう。そんな姿は見た覚えがない」
「失礼しちゃうわね。いつもはそうなのよ」
「へぇ〜そうなのか。この先、探りがいがあって楽しみだ。二人きりの時に、その姿を見せてもらうから、もう私以外に従順になるなよ」
「公爵様ッ! アリアナとふざけいる場合じゃないですッて!」
「よし、アリアナ。最後は真っすぐ正面に見える岩だ。あれはここへ落ちる。もう時間はない、急げ」
彼の言葉に促され一つ目と同様に念じれば、美しい光の粒が、輝く星のように一面に広がり、ゆっくりチラチラと落ちてくる。
だが、そんな余韻に浸る暇はなかった!
「エ――ッ!!」
予期せぬ事に、大きな岩の後ろにもう一つ、黒い塊が残っていた。
シャロンがぼやいた「私はここで終わり」とは、これのせいなのか。それとも、他にもまだ何か残っているのか。分からない。
――だけど、息が上がって限界も近い。
何十回試しても香澄が成功しなかった最後のイベント。
その理由は、『彼が助けてくれないから』だ。それならば、最後の力を振り絞る先は、こっち。
ここまでくれば躊躇いは少しもない。くるりと踵を返した私は、岩に背を向ける。
「ブライアン様。私、あなたが好きです。信じているから」
目を丸くして驚いた彼が、照れたように笑う。
ブライアン様にかけられた魔法の術式が読めた今。石を砕くよりも、彼の魔法を解く。彼を信じているから。きっと上手いく。
絶対の確信を抱く私は、彼の胸を押さえ、体内にある複雑な術式の網を一本一本断ち切る。
その直後、「アリアナ。セドリック殿。そのまま動かないで」と言ったブライアン様が、私と兄をそれぞれ片腕で抱きかかえ、王族が並ぶ側とは反対側の壇上の縁へ大きく飛び跳ねた。
彼の中に術式が見えないから、魔法は解かれたとみえる。
次の瞬間。大爆音がして、サッカーボール大の石が大聖堂の石畳へ、続けて二つ、ぶつかった。
それと同時に砕けた破片が凄まじい勢いで、周囲へ飛び散った。
「え……? 二個もあったの」
「気付いていなかったのか。私は、初めから五つに割れていたのは見えていたけどね。それ以降、軌道が同じだったから見えていなかったが、あるのは知っていた」
「教えてくれたら良かったのに」
「五つと伝えれば、隠れて見えない二つを探し続けるのが分かったからね。それでなくても動揺していただろう」
「そもそも、あれを一発勝負で壊せというのが無茶過ぎます」
「それをやってのけたのが、アリアナだろう。私が見込んだ以上の令嬢だ。そのうえ私の魔法まで瞬時に解錠してくれるとは、想像もしていなかったよ」
「ブライアン様だって、二人を抱えてこの距離を飛ぶって、普通じゃないですよ」
「さすがにさっきの体のままでは、一人しか抱える自信はなかったが、筋力も戻ったからね。セドリック殿は命拾いをしたな」
「ありがとうございます公爵様」
「こんな時にも私を揶揄う、アリアナのおかげだ」
「先日は公爵様へ『酷い思い込みだ』と申してしまい、申し訳ありませんでした。今、私の目で見て分かりました。公爵様が私の妹に遊ばれていることが。その続きは後からやってください」
兄の言葉に、ブライアン様が恥ずかし気にぽりぽりと頬をかく。
この真面目な局面で、この二人は遊んでいたというのか? 緊張しきりの私を横目に? ふざけている。
怒り心頭の私は、そんな二人を放置して、「観衆は無事かしら」と広場に目を向ける。
すると、誰一人残っておらず、もぬけの殻だ。
「観衆の皆様はどこへいったかしら」
「岩がこの地へ向かっているのに気付いた途端、一斉に逃げていった」
私が夢中になっている間に、彼らは群衆パニックを起こして一斉に立ち去ったと、兄が教えてくれる。
「セドリック殿。私が抱えて逃げるには、アリアナ一人が限界だ」
「ええ、分かっております。今、助けていただいたので十分です。陛下の中では、聖女の実を手にしたアリアナをどうすべきか。それしか考えていないでしょう。どうせ、私には大した追っ手も来ません」
「二人とも何を言っているの? 大丈夫よ。ここは一芝居うって見せるわ」
そうでもしなきゃ。
屋根の上にいる私の飼い犬が、今にも石を投げつけそうな気配がある。誰を狙っているのかは知らないが。それは、まずいだろう。






