2-30奮闘した悪役令嬢の集大成③
兄の部屋からタキシードを拝借してきたザカリーの変装は完璧で、非の打ちどころのない貴公子である。こうしていつも、仕事をしていたのだと思えば、感心してよいのか複雑な心境になる。
そんな彼に伴われ王城に到着した。
「ブライアン様は、いつでも私が練習を見に来ていいと言っていたのよ。先ずはそこに行くわ」
「それじゃぁ、騎士の訓練場はこっちだ」
城の敷地内の分岐路で、彼は、さりげなく私を誘導する。
「ザカリーは、城の中まで随分と詳しいのね」
「まあね。ほら、見えてきたじゃん」
馬の厩舎が何棟も並び、その手前に広々とした訓練場がある。
今だってこの時間。剣を交えて稽古にいそしむ騎士たちが汗を流している。だが、彼の姿はない。
まあ、彼を知らない騎士はいないし、目と目が合った人物でいいやと、少し若めの騎士服の隊員へ目配せをした。
そうすれば、名前も知らない彼が、渋々ながらも、応対する素振りを見せる。
「ごきげんよう。騎士団長に会いに来たのですが、お取り次ぎをしていただけないかしら」
「生憎ですがご令嬢。そういった申し出は全てお断りしております故、お引き取りを願います」
「もうっ! ブライアン様はどれだけ令嬢にモテているのよ。私までその他大勢の令嬢に数えないでくださいまし」
「どのようなご立派な家柄のご令嬢でも、『取り次ぐな』との命令でございますから」
こんな窮地に陥った今になって、兄が言っていたとおり、ブライアン様が令嬢には全く興味がないのを実感する。
出会った直後から、私へ一方的に言い寄って来ていたのはなんだったんだろう? 同一人物の話には到底思えないけど。
「わたくし、騎士団長の恋人でしてよ。きっと彼は会いに来てくれるわ」
「……ご令嬢。毎日何件も同じようなことを言う『自称恋人のご令嬢』が来ております。団長に興味があるのは理解できますが、お引き取りを。団長はそういった話には、一切応じませんから」
やれやれとため息をつく犬顔の騎士は、真面に取り合う気はないようだ。
だけど、私は自称ではなくて、れっきとした恋人である。失礼な。
思わずムッとする私の顔を見て彼は、これ以上の話し合いは無駄だと判断したのだろう。「それでは訓練中ですので」と言い残し、早々に立ち去ってしまう。
それに慌てた私は、彼に向かって名前を叫ぶ。
「わたくしは、バーンズ侯爵家のアリアナです。名前を伝えていただければ、彼は分かってくれるわ」
……と言ってみたものの、私の独り言に終わり、誰一人その言葉に反応しない。
おかげで、その場がシーン――と静まり、ザカリーとの間に、なんとも言えない微妙な空気が漂う。
「……なぁ。だから言ったじゃん。聖女ちゃんの騎士は会ってくれないって。聖女ちゃんもセドリックも気安く騎士を使っているけど、あの人ああ見えて相当偉い人だから」
「それは、頭では分かっているけど」
「いいや、聖女ちゃんは分かってないって。あの騎士、聖女ちゃんの前では別人だからな。俺、聖女ちゃんの前でしか、笑ってる顔も慌てる顔も見たことないし」
「そうなの? いつも楽しそうよ」
「だから、それがズレてるんだって! 俺なんて油断したら瞬殺だ。聖女ちゃんと一緒にいるから生きているだけだから、頼むから俺を見捨てないでじゃん」
「ザカリーが悪い事ばかりしているからでしょう。そのせいで私も、一人の青年を墓穴に埋めた、共犯になったんだから」
「そんなやつ、いたか?」
「そんなことより、ここにいても埒が明かないわ。ブライアン様の部屋へ行きましょう」
「あの人の部屋は、城の奥にあるから面倒だな」
「ザカリーは彼の部屋を知っているの?」
「まあな。仕事柄詳しいけど、ドレス姿のご令嬢じゃあ、あの廊下を歩けば、直ぐに締め出される。無理じゃん」
「それならザカリーが、彼を呼んできてよ」
「そんな事をしたら、聖女ちゃんの護衛がいなくなるだろう。聖女ちゃんの騎士に怒られるじゃん」
「馬鹿ね。こんなに騎士たちが溢れる場所で、事件なんて起きないわ。皆、自称恋人の私を生温かく見守ってくれているもの。下手に隠れるよりここが一番安全だわ。ほらほら、早く行ってきてよ」
「ったく。相変わらず強引だな。じゃあ、聖女ちゃんはここで待ってるじゃん」
すると、瞬時に暗殺者の顔になるザカリーが、すっと私の前から消えた。
ブライアン様が来るまでの間、弓を射る騎士たちの練習風景を眺めていると、横から聞き馴染のある声が届く。だけど、その声の主は、決して私の待ち人ではない。
「あ~ら、アリアナじゃない。こんな所で何をしているのかしら。あぁ~そう。ブライアンを待っているのね」
粘っこい物言いのシャロンが、デイドレスにしては、「装飾が過剰ではないか」と思えるドレス姿で近づいて来た。






