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2-28奮闘した悪役令嬢の集大成①

 花の祭典から十三日が過ぎた。

 早いもので、ザカリーがこの屋敷で従者として働き始め一週間が経つ。

 領地から私に付いて来たザカリーは、てっきり窓からでも入ってくると思いきや、我が家の従者として転がり込んでくるとは……。よく考えたものだ。


 朝一番から、すました顔でエントランスに立っていたザカリー。彼は私と兄を目の前にして、「お嬢様から、お仕事をちょうだいし、駆けつけて参りました」と、臆することなく胸に堂々と手を当て紳士の会釈をかましてきた。


 一方の私も「お待ちしておりました」と、にっこり笑って、屋敷に招き入れた。

 そうすれば、しわくちゃな顔で泣きながら「妹の病気が本当に治った」と喜び、私に忠誠を誓ってくるのだから。可愛いものだ。


 それを見た兄は、ブライアン様の所へすっ飛んでいったけど、おそらくブライアン様は「私に害がない」と読んだから、ザカリーはこうして我が家へ、のうのうと上がり込んできたのだろう。


 あれからというもの、エセ紳士のザカリーは、エセ聖女の私と化かし合いの、いい勝負をしている。


 カメレオンのようにその場に合わせて変化するザカリーは、もうすっかり我が家に馴染み、古株も顔負けの仕事ぶりを見せる。新人のくせに。


 今日は、ブライアン様に会える期待で胸が膨らむ。愛しの彼の到着に首を長くする私は、ソファーに身を預けベランダをながめている。

 窓に掛かるお気に入りの白いレースのカーテン。それが、風を受け、ゆらゆらと大きく揺れている。

 今朝、エリーが窓を開けた途端、ガタンッと大きな音を立てて外れ、大全開のままとなっているからだ。

 こまめに手入れをしている我が家。それなのに突然、蝶番が外れるのはおかしい。

 まあ、考えなくても、その原因にピンとくる。


 私に「キャンキャン」と、楽し気に擦り寄る子犬が、夜のうちにわざと壊したのだろう。昼間、私の部屋を訪ねる口実作りのために。

 先日は、風呂場の水道が壊れ、私の部屋で半日以上油を売っていた。


 彼の仕事柄なのか、なんだって悪知恵ばかり働く。そのうえ巧みな技で、人に取り入るのがうまいときたもんだ。

 従者一同が媚びへつらう我が儘な母を手懐けているのには、私でさえ恐れ入った。

 お母様自ら私の部屋にいるザカリーを探しに来たのを見て、顎を外した。


 それはいいとして。今から三日前。私が領地を後にした五日後。

 ゲームのシナリオどおり、台風は本当にこの国の東側をゆっくりと通過した。

 兄が、台風の到達前から父へ報告していたことで、当主自ら全領民に危険を呼びかけ、領地の城を避難用に開放していた。

 そのお父様は、イーサンから台風通過の知らせを受け、昨日領地へ向かった。兄をこの屋敷に残して。


 コンコン、コンコンと、入室を求めるノックが響き「どうぞ」と許可を出す。

 そうすれば、真っ赤なバラが生けてある一輪挿しを、うやうやしく持つエリーが入ってくる。


 彼女と再会すれば私に怒り出すかと思いきや、ひたすら私のご機嫌伺いをしている。一言だって「置いて行った」と言わないのだ。

 むしろ、「カモミールの缶を失くした」ことを誤魔化しているのが、見え見えである。全くもって図々しい侍女のまま変わらない。


 彼女の業務上の失態である、カモミールの所在。それが私の鞄の中だとは、口が裂けても言えない。

 私がエリーを置いてけぼりにした日、「彼女は一体何時までカモミールを探していたんだろう?」と、そんな疑問はあるが、それは怖いから触れないようにしている。


「アリアナお嬢様、バラはこの棚に飾りましょうか!」

「はいはい、勝手にしてちょうだい。エリーは毎日、毎日飽きもせずに、次から次へと花を持ってくるわね」


「それは、もちろん、お嬢様への反省の証しです。わたしが、お嬢様のカモミールを失くしてしまったので、セドリック様と三人でお戻りになったのですものね。あれほど二人きりで過ごすのを楽しみにされていたのに。申し訳ございませんでした」


「そっ、そうよ。お兄様が届けてくれたって、ちっとも甘い感じにならなかったわ。邪魔されて大変だったんだから」


「わたしがセドリック様にお願いしなければよかったのに」


「そのとおりよ。余計なことをしてくれて。なんだか分からないけど、そのせいで、ブライアン様が変な恨みを持っているみたいなのよ」

「恨みっ⁉ あの公爵様がお嬢様に⁉ それは一大事でございますわ」


「分かっているわよ。……ねえ、こんな恥ずかしいことを聞くのはどうかと思うけど相談してもいいかしら」


「どのようなことで、ございましょう」

「ブライアン様への愛の告白って、どうお伝えすればよいのかしら」

「え? お嬢様は、まだお気持ちをお伝えしていなかったのですか?」


「なんか、意地を張っていたら、彼に伝える機会を逃してしまって。それに、お兄様が領地まで来なければ、とっくにお伝えしていたのよ。途中までは凄くいい雰囲気だったんだもの」


「(ギクッ)! そうでしたか。それでは演出も大事ですわ。ロマンティックな場所とか、静かな二人きりの場所とか――」

「無理ね。だって、彼とのデートは豆を買いに行くんだもの、そんな要素は少しもないわよ」


 昨日、帝国のアルバート殿下の見送りから帰って来たはずのブライアン様。

 てっきり彼は、昨日のうちに我が家を訪ねてくると思ったが、来なかった。


 ということは、おそらく今日、デートと称して来る気がする。満面の笑みで。

 だって、いよいよ明日。兄が当初聞いていた、サミュエル殿下の婚約発表だもの。


 どう考えてみても、我が家の中で危険な会話をするわけにはいかない。


 自業自得だが、恋を拗らせ意味不明な行動を取り続ける私とブライアン様の関係は、この屋敷の中で、ワイドショー顔負けの格好の面白ネタになっている。


 従者から聞き耳を立てられる我が家では、サミュエル殿下の話題は無理だろう。

 どうしてもあの話は、部外者に聞かれるなら言葉を選ぶ必要がある。


「それでは、胸ぐらを掴んでから、一言お伝えすればよろしいですわ。その状況であれば、単純な言葉でも何倍増しにも聞こえますわよ」

「だから、胸ぐらじゃなくて胃袋だって……。そんなことで大丈夫かしら」

「大丈夫ですよ。バーンズ侯爵家の料理人の腕は一流ですから」


「だから、私が作るんだって…………。でもなぁ……」

 とはいえ、豆を買ったところで下準備も要するし、今日中に二人で食べられないだろう。

 浮かない反応の私にやきもきしたのか、熱弁を振るうエリーに両手をぎゅっと握られた。


「お嬢様を深く愛している公爵様には、どのような言葉でも伝わりますよ」

「そこまで言うなら、エリーを信じるわ。今更過ぎるし、さらっとお伝えするわ」

「応援しておりますから!」


「そういえば、東側を襲った台風の被害はどうなっているのかしら」


「どこの領地も既に小麦の収穫を終えていて、小麦の被害はなかったようですよ」

「……おかしいな、どうしてだろう」


「ほらっ。あれですよ。公爵様とセドリック様が『台風が来る』と仰っていたから、他の領地にも知らせて歩いたのでしょう」


「あの二人は、ブライアン様の領地でお過ごしになっていたのよ、違うと思うけど……」


 四つの領地の小麦が、例年にない早い時期に小麦を刈り終えた。気味が悪いくらいに綺麗さっぱりと。


 ルーカス様の領地が小麦を刈っていたのは、何となくだが理解できる。

 私の目の前に現れた王族二人が、「バーンズ侯爵領で小麦を刈っていた」と、ゲルマン侯爵領で漏らせば、農家の人たちは、慌てふためき小麦を即刻刈り入れただろう。


 ……だが、なぜにシャロンの領地まで?


 彼らの足取りは、南にあるシャロンの領地から来て、私に出会い、ルーカス様の領地へと北上したはずだ。

 第二王子が転生者だから、何かしらの助言をシャロンの領地にも伝えたのか?

 ネタ元がゲームの話なのに、どうやって信用を得たのか知らない。だが、そこは王族だから適当な命令でもしたのか……。

 いや、王都から離れている小麦地帯で、王族の顔を見知った農民がいるとは思えない。そのうえ、彼らの服装は身分を隠して極秘に回っていた。あの状況で、シャロンの領地に敢えて助言するのは腑に落ちない。

 考えにふけっていると、にこにこ笑うエリーに、話題を変えられた。


「お嬢様が見つけていらした新しい御者ですが、凄い働き者と評判ですわよ」

「まあ、そうなの」


「お嬢様のお部屋の、窓の建付けが悪いとお伝えしたところ、この後、修理にいらしてくれると仰っていましたわ」

「助かるわね」

 自作自演で何が修理だと、ふんッと鼻で笑う。


**

 エリーが退室したタイミングを見計らっていたのだろう。

 入れ替わるように、さっとザカリーが入ってきた。


「聖女ちゃんに会いたかったじゃん」

「って、毎日会っているでしょう」


「一日一回は、愛してるよ~聖女ちゃんって、崇めておかないと。妹がまた病気になったら困るじゃん。これで今日もご利益あるじゃん」


「はいはい。ザカリーの愛は随分と軽いのね。って、それより今日は何の用事よ?」

「うーん。ちょっと待って――」

 と顎に手を置き何かを考えながら、エリーが持ってきた赤い花を凝視する。


「なあ、あの赤い花。どっかで見覚えあるんだよな。あの花びら……どこだったかな」

「バラがどうかしたの?」

「あぁー、思い出した。第二王子に見せられた新種の毒だ!」

「はぁ~ッ!」

お読みいただきありがとうございます。

最後まで、お付き合いください。

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