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2-26消える悪事① ※ブライアン視点

 花の祭典から九日後。

 クンツァイト帝国のアルバート殿下が今日、この国を発つ。

 約三年という年月をかけて、この国を拠点にしながら、ロードナイト王国の産業を学んでいた。

 というのは、おそらく建前だろう。

 帝国の目的は、この国に残る聖女伝説の真相を暴きに来たと思っている。皆、それを口にしないだけで。


 広大な領土と軍事力を誇る帝国が、唯一恐れるとすれば、人外の力を操る聖女の存在だろう。

 まあ、彼の望む情報が得られたのかは知り得ないが、あえて聞く必要もない。


 今日の彼は黒一色。金のボタンの造りが特徴的な、着丈の長い帝国の伝統衣装を纏う。

 国王陛下を前にしても、堂々たる姿は、大国の自信の表れに思えてしまう。

「三年にわたり、ロードナイト王国の皆から大変よくしてもらい、有意義な時間を過ごせました。おかげで、皇帝によい報告ができそうです。できれば、両国の関係を深めるためにも、この国の女性を妃にしたいところですが」


「この国に王女がいればよかったのだが。生憎おらぬからな」


「そうですね。もしよければ帝国の建国記念には貴国の者を主賓として、招待させていただきます。その際は、お取り計らい願います。少々気になる女性がおりまして」

「うむ。承知した」と好意的に受け取る陛下。

 満足げな表情を浮かべるアルバート殿下は、改めて感謝を告げ、帰国の途へ向かう。


 隊列を作り帰国する帝国の皇子御一行。無理を言って同行するつもりだったが、私に同行を願い出たのは、むしろアルバート殿下からだった。


 願ってもない申し出。躊躇いなく快諾した。

 第二王子が仕掛けた襲来を警戒し、アルバート殿下の馬車の一番近くにいたが、一日目は取り越し苦労に終わる。……ならば明日か。


 そう思っていたが、隊列の進行は静かそのもの。

 ……何も起きない。まあ、それに越したことはないが。 

 両国の国境沿いで、二泊目の夜を迎えアルバート殿下から食事に誘われた。

 両国の間にある門は、日没と共に閉鎖する。日没前にこの地へ到着できるかどうかで、宿が、王国内か帝国内か変わる。

 殿下も、この隊列の進行が旅の行程どおりに進まないと見込んでいたのだろう。あえて、王国内で宿の手配がされていた。

 だが実際は、拍子抜けするほど順調に進み、この宿に到着したのは、閉門まで二時間を残す。


 豪快に「ガハハッ」と笑う目の前の彼とは、これまでに何度か食事を共にしたが、相変わらず美しい所作で肉を口に運ぶ。

 気位の高い彼が、サミュエル殿下を隠れ蓑にし、これまで帝国の皇子だと、この国の貴族たちに気付かれなかったのも、ある意味凄いが。


「クロフォード公爵は、いつ見ても素晴らしいテーブルマナーだな。そのような、あなたが、庶民のようにパンを頬張って食べるのは、誰も想像がつかないだろうな」


「パンですか……。そのような姿をお見せしたことが、ありましたか?」

「いや。ある人物を思い出して、勝手に想像しただけだ」


「そうですか。……ロードナイト王国はいかがでしたか?」


「面白い国だった。まあ、後半まで私の視野が狭かったのだろう。逸材の存在に気付くのが遅れたのが悔やまれる。もっと早くに出会っていれば、帝国まで連れて帰ったのにな。今ごろその席に座っていたのは、彼女だったんじゃないかと思ってしまうよ」

「ははっ、そのような素敵な女性がいたのですね」

 陛下への挨拶でも気になったが、ロードナイト王国内で気になる令嬢がいたのか。

 殿下が入れ込むとは、頭一つ飛び抜けた人物なのだろうが、……誰だ?


「アプローチをかけたが、見事に振られたよ」

「それは、身分をお隠しになっていたからでしょう。もし、帝国の皇子と知っていれば、反応は違ったと存じますが」

「……いや。こちらは会って五分で骨抜きにされたからな。彼女に限っては身分も明かしたが、見向きもされなかった。次に会えば、無理やり手に入れたいところだな」


 アルバート殿下が仄めかす女性に、嫌な予感がする。

 アリアナは、アルバート殿下の身分も分かった上で話をしていたはずだ。彼女ではないことを願い訊ねる。


「ちなみにその令嬢の名前を伺ってもよろしいですか?」

「アリアナだ。バーンズ侯爵家のな」

「ははは、悪いご冗談を。彼女は私の恋人ですが」

 アリアナは私を恋人だと思っていないが、殿下が彼女に振られたというなら、こう言うべきだろう。


「ああ。そうらしいな。王太子殿下から聞かされた。一目惚れをしたと言えば、相思相愛の恋人がいるから無理だろうとな。それで公爵の名前を知らされた。そういえば、王太子が嘆いていたよ。暇をやると伝えた途端、自分を放って彼女の元へすっ飛んでいったってな」

「アリアナを殿下に譲れと仰りたくて、私をこの行程に誘ったのですか?」


「まあ、それもあるが、誘った目的は違う。王国を出る一日前、ハエック男爵令嬢から不可解なことを言われてな。どうすべきか考えるまでもなく、クロフォード公爵がいれば、千の兵を引きつれるより安心できるからな」

 

 ハエック男爵令嬢が、何故、アルバート殿下に接触したのか疑問はあるものの、殿下の話をそのまま続ける。


「私のことは、少々大袈裟な気はしますが、ハエック男爵令嬢から何をお聞きになったのでしょうか?」


「俺が帝国まで帰る道中に襲われるから気をつけろと。……そして、もし、何かあれば助けられるのは自分だけだから、『自分を頼れ』と」

「自分を頼れですか? 妙ですね」

「サミュエル殿下の婚約者だから……だとは思うが、幾分気持ちが悪くてな」

「あのご令嬢が、殿下の婚約者……」


 禁断の花に手を出しているのであれば、その魔法を解けるのは、聖女だけだ。

 ……まさかな。

 会話の合間。給仕係が二人の酒が空になったのを見て、二本目のワインを注ぐ。

 軽くなったグラスは赤色で満たされ、それを口に含む。

 ――そうすれば、芳醇な香りが鼻に抜けた。

 アルバート殿下のために上質なワインを用意されているのが、一口で伝わる代物だ。


「小麦の視察中のサミュエル殿下は、俺へ婚約者の話を、一言も言ってこなかったけどな」

「五日以上びっしりと、お二人で視察をなさっていたのに、ですか……」

「ああ、そうだ。……なあ、あの時アリアナにハーブを渡したのだが、あれから変わりはないか? 何も伝えられずに別れてしまい、気になっていた」


「その件ですが、あのバーベナはどなたのものですか?」

「いや。それは言えない。色々と怪しく感じていたが、両国の問題に発展しては困るからな」


「それは承知しておりますが、お聞かせ願えないでしょうか」


「俺の気のせいだったと理解してくれ。あの缶の持ち主が、裏社会の人間へ、とある侯爵令息の暗殺を依頼しているのを立ち聞きしたんだが、一か月近く経った最近。その令息が領地で畑仕事をするのを見た。事件が起きていない以上、何も言えない」


「……そうですか。私は、あのバーベナの持ち主に心当たりはありますが、同様の見解から、名前を挙げるのは伏せることに致します」

「お互いのために、そうしてくれ」

 ――何か、体に違和感がある。

 ……んっ? 手の痒みが消えたのか?

 今日の昼に手綱で擦れた箇所が急に治った⁉

 ……いや、そんなことはないだろう。魔法じゃあるまいし。

 魔法――……。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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