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2-25恋愛音痴

 うっすらと目を開けると、フリルいっぱいの天蓋が視界に映り、ふかふかの布団の中にいる。体を包むなめらかな肌触りが最高に心地よい。

 黙っていれば二度寝いき間違いなしの、夢うつつに浸る。


 屋敷へ帰り、即刻エリーに見つかった。彼女は反省と言う名の言い訳。それを終わりの見えない説教のように唱えていた。しくしくと泣きながら。


 私が浮かない顔で兄に伴われたのが、よほど応えたのだろう。私のデートが完全に失敗したと思っている。

 まあ事実。兄が妹の恋路に煩く横やりを入れたせいで、ラブラブとは全く無縁のただの苦行だった。

 エリーのせいで、兄が意味もなくカモミールを持ってきたからである。でも結局、それを一度も出さなかったぞ。本当に何しに来たんだ?


 ふと意識すると、布団の縁に妙な圧迫感がある。そう思い、日ごろは感じないその正体へ目をやる。

 すると、私の寝台に寄り掛かるようにして眠っている兄の姿がある。


「お兄様……どうしてここに」

 と疑問が漏れたが、そうだったと首肯する。

 昨日、ブライアン様はザカリーを試すように進行したにもかかわらず、その詳細を兄には一切伝えていない。


 もちろん、罠を仕掛けた張本人である私は分かっていたし、ザカリーがどんなに気配を消しても、私のアンテナへ常に引っ掛かるものだから、屋敷まで付いて来たのも知っている。


 きっと兄は、得体の知れない存在を感じて、私を心配してくれたのだろう……。こんな所で寝てしまって。

 でも、こんな無防備な兄に遭遇することはまずない。

 兄が起きている時にマジマジと眺めると、心の中まで見透かされる気がしてできないが、長い睫毛が色っぽくて、いつまでも見ていられる美しさがある。


 二十四歳という年齢。兄がゲームの攻略キャラでなければ、とっくに結婚していてもおかしくない。第一幕のキャラたちのゲームはもう終わり。

 となれば、兄も早々に婚約者を決めるのだろう。王太子殿下のように。


 なんだろう……。過保護な兄との関係に変化があるのは、それはそれで寂しい気がする。


「だって、嫌いじゃないし」

「ん……それは誰のことかな?」

「え? 起きていたのですか?」

「面目ない。眠るつもりはなかったが、今、目が覚めたみたいだ。嫌いじゃないのは公爵様のこと?」

「いいえ、お兄様のことですわ」

「あれ? 私はそもそも嫌われる覚えはないな」

 兄は、顔を緩ませくつくつと笑う。


「何を仰います。昨日一日、私とブライアン様の邪魔をしていたじゃありませんか」

「邪魔はしていない。公爵様を嫌がっているアリアナが、無理やり何かされるんじゃないかと心配しただけだ。されてからでは取り返しがつかないだろう」

「別に、嫌がっていませんけど?」

 それを聞いた兄は目を点にして、次の言葉が出てこない。一体、何だというのだ。


「――……あれ。おかしいな。公爵様から頂いた花をバケツに放置したり、父が公爵様の気を引くために用意したワンピースを着ないとごねたり。花の祭典の日は、行きも帰りも険悪な雰囲気だったと、外で二人を見ていた従者から聞いたが、その報告は嘘なのか? 難しくて分からなくなってきた」

 珍しく兄の頭が混乱しているようだが、それは事実だ。

 改めて人から聞かされると、私は何をやっているんだか。全くもって痛い令嬢でしかない。お願いだから、その恥ずかしい話を、声に出して言わないでくれ。


「そ、それは~、ブライアン様との恋の駆け引きと言いますか、ははは」

「駆け引きぃ⁉ そんなことに公爵様が付き合う訳……。あるのか……。まさか、嘘だろう」

「もう。いいから早く部屋を出て行ってくださいまし」


「いや待て。あの侍女が来る前に真面目な話をしたい。少しいいだろうか」

「なんですの?」

 兄の表情から笑顔が消え、私には見せないピリついた雰囲気に一変する。


「私には、あの聖女の話に、いくつも解けない疑問がある。正直なところ、手を出すべきかと迷ってしまう」

「お兄様、それでも私しかいないと思います」

「そうか」と、兄から、四つ折りにした白い小さな紙を渡される。

 状況を理解できないまま、その紙を受け取った。

 折れている紙ならば無意識にそれを開くのは、人の性だろうか。

 ――んッ⁉ 当然ながら、中に何か書いてある。


 紙の内容を見るではない。短い日本語で書かれた文字を読むというのが正確だ。

この文字を読んで欲しいのかと思い、読み上げようとすれば、兄が私の唇にそっと指を当て「口にしないで」と制された。


「これは何ですか?」

「ジェムガーデンには既に一輪の花もないから。最後に発する呪文がそれになるのかもしれない」

「これが聖女の実の呪文ですか……」

 勝手に燃え上がっていた使命感が一気にしぼんでいく気がする。


「やっぱり、そんな顔をすると思っていたよ。あまりいいことは書かれていないんだね」

 こくんと素直に頷く。何となくだけど、手にするなと忠告されているみたいだ。


「国王陛下は彗星が落ちる日を、建国記念のちょうど一か月前だと信じている。まあ、五百年前の聖女の誕生日がその日だからね。でも、そうなら、期日に正確な魔法をかける聖女にしては、中途半端な気がしてならない」


「どうしてですか?」

「聖女の実は、今年の建国記念の一週間前に現れたからね。その微妙さが、いまいち腑に落ちなくて」

「お兄様の仰る意味も分かるし、確かにそうかもしれない。ですがお兄様の好きなバラ。聖女でなければ解けない魔法の不安がある以上、一歩も引けません」

「ん? 私は別にバラが好きって訳ではないけどね」


「あれ? バラが好きだから、花の祭典の日に、赤いバラをくれたのでは?」


 私の問いかけに苦笑すると、すっと顔を逸らした。

「ああ、あれのことか。アリアナが誰からも花をもらえないのが不憫に思えてね。可哀そうだから、一番高価な花を用意したんだけど、必要なかっただけだよ。アリアナが大物を釣り上げて、弄んでいるとは知らなかったから」


「そうやって、すぐに私を馬鹿にするんですから」

「悪い、悪い。でも公爵様を尻に敷いているのは事実だろう」

「違います。弄ばれているのは、いつも私の方ですけど。でも、彼のことが大好きで絶対に失いたくないんです」

「……そう。アリアナの愛情表現が難しくて、公爵様に本当に申し訳ないことをしてしまったな。私はすっかり二人の邪魔をしたわけだ。次に会った時、ちゃんと伝えてあげなさい。公爵様が可哀想だ。アリアナは見えていなかっただろうが、切なそうにアリアナの背中を見ていたから」

 それは、兄がいたからブライアン様が気を遣っただけだと、何故分からないのだ。どうやら兄は、恋愛に関して鈍い側の人種らしい。まあ、私も人のことは言えないが。


「お兄様がブライアン様に付いて来て、私の邪魔をしたくせに何を仰るのですか」

「アリアナが公爵様で遊ぶから話がややこしくなるんだ」


 いつだって真面目だしと、思わず突っ込みたいが、ここはぐっと言葉を飲む。


 揶揄うような兄が、くすくすと笑いながら部屋をあとにしようとした時だ。部屋の外からエリーの声が聞こえる。


「お嬢様。起きていらっしゃいますか? お嬢様が新しく従者を雇われたとのことで、来訪者がいらしています」


 それを聞いた兄が振り返り、「誰のこと?」と首を傾げる。

「狙い通りです。暗殺者を釣り上げたようです」

「釣り上げたって……。どうしてそんなカッコ良くなったんだ。アリアナが急に変わって。ますます遠い存在になった気がするよ」

 ぽつりとぼやく兄が苦笑する。ここで兄を逃がしてなるものか。


「何を仰います。私とお兄様はずっと近くにいるじゃないですか。いいですかお兄様。ここからは時間との勝負です。私を悩ませたその頭脳を、打倒、第二王子のために使いますよ」

「公爵様から言われるならともかく。アリアナを虐めた記憶はないけど、分かったよ。台風の件に関しては、私から父を誘導しておくよ」


 そう言い残し、兄が立ち去れば、騒がしいエリーがいつもの調子で入ってくる。

 何ら変わらない、いつもの日常のように。

お読みいただきありがとうございます。

次話は、ブライアン視点へ戻ります。

引き続きよろしくお願いします。

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