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2-24子犬の捕獲

 朝からバーンズ侯爵領を発ち、馬の速度を変えながらアリアナを王都の屋敷へ送り届けた。


 今から少し前。疲れた様子のアリアナを、セドリック殿が部屋まで連れていった。屋敷の周囲を隈なく見渡す。人の気配は一つだけ。仲間はいないようだ。途中、どこかから盗んだであろう馬は消えている。解せぬ。馬を放ったのか。


 セドリック殿に告げるかどうか迷ったが、彼が知ったところで、やつをどうすることもできない。そう思い、私の心に留め置いた。


 バーンズ侯爵家、今しがた明かりがついた部屋のベランダの外に人影が映る。 

 王都に入ってからピタリと速度を合わせた男だ。


「おいっ! 降りて来い。従わなければ打ち抜く」

「げっ、マジのやつじゃん」

 あらかじめ構えていた矢の先端をやつの急所へ焦点を定め、構える弓に力を込めれば、ぎしぎしとしなる音が鳴る。


「分かった、分かった。打つな。今、そっちに行くから」

 そう言うと、二階から飛び降りたというのに、少しの足音もなく目の前に姿を見せる。


 私の前に現れた赤い瞳に黒い髪の男。

 軽快な身のこなし。逃げなかった的確な判断。この男からは、暗殺者としての力量が至るところから垣間見える。私に背を見せれば躊躇いなく打ち抜いていた。


「アリアナに何の用事だ。ことと次第によっては、この場で剣を抜く」


「無理無理、無理だから。おたくに剣を抜かれたら、マジで死ぬじゃん」


「ここまで付いてくるとは、勇気があるなと関心しているが、容赦する気はない」

「見て見て。ほらっ、武器なんて持ってないじゃん」

 だらしなく両手を上げ、降伏を示す。白々しい。服の僅かな違和感に気付かないと思うのか。


「嘘をつけ。腹と右足に隠しているだろう」

「怖い、怖いってその顔。さっきまでと別人じゃん」


「当然だ。彼女に見せるわけないだろう。アリアナは私の特別だからな、怖がらせる気はさらさらない。お前は彼女に何をする気だ」


「しない、しない、何もしない。聖女ちゃんには何もしない。話をしたかったんだよ。俺、こんな仕事しているけど、恩人に対して道理は曲げないからな」


「恩人? アリアナがお前に何をしたんだ」

「あんたには関係ないじゃん」

「そうか、ならばそれまでだ」

 彼の目を見ながら、剣の柄に手をやる。


「ちょっと、待てって。聖女ちゃんの騎士怖すぎるんだけど!」

「残念だが、いつもより優しいほうだ。アリアナが招いた客人だと思い、丁重に扱っている。でなければ、馬を盗んだ時点で、お前はこの世にいなかった」


「薬だよ。妹の薬を貰った。聖女ちゃんのおかげで、少しも動けない妹が、嘘のように元気になった。その礼を言いたくて」

 妙に既視感のある顔。口を尖らせ拗ねて喋る姿がアリアナと重なる。この顔には何だか弱い。


「それで、わざわざここまで来たのか?」


「だって、聖女ちゃんが『手を組もう』って、俺に言ったから」

「アリアナの仲間にでもなるつもりか。それくらいでホイホイ付いて来るな」

 理屈をこねるセドリック殿だけで十分だ。アリアナは、次から次へと面倒な私の敵を増やしてくれて……。


「妹の奇跡を見た後だ。聖女ちゃんが俺にくれた忠告を無視するほど、俺だって馬鹿じゃない」

「アリアナに守ってもらおうと、狡いことでも考えているのか」


「いいや違う。依頼主に聖女ちゃんを逃したと、報告したんだけど。それなら、『あと七日、大人しく繋いでおけばいい』って。急に、暗殺対象を生かしておけって気持ち悪いじゃん」

 彼の話を聞き、はぁ~っと、深くため息をつく。


 七日……。セドリック殿がサミュエル殿下から聞いた婚約発表の二日前までか。

 妙だな。なぜ、当日までじゃないんだ?

 契約期間が終われば、こいつは依頼主に成功報酬を貰いに接触する。そこでまた、他の依頼を持ちかける気か……。


 この話を彼女に教えれば、アリアナなら何をしでかすか分からんな。


 どうするか……。

 これまで、このような人物を利用しようと思ったことはないが、彼の言動に偽りは見えない。予見ができるアリアナが選んだ人物……となれば信じてみるか。


「お前の元に届いた依頼は、一つじゃないんだろう」

「ああ。正確には三つ。最初に提示された二つを断ったら、三つ目の聖女ちゃんの話が出てきたし」


「ならば、私と意見が合いそうだ。アリアナの護衛として、私が正式に君を雇う。裏の世界から足を洗え」

「そんなおいしい話に乗っていいのかな。聖女ちゃんの近くにいられて、報酬ももらえるなんて、ラッキーじゃん。それこそ罠じゃないの?」


「お前ごときを捕らえるのに、卑怯な手は必要ない。但し、アリアナに余計なことは一つも伝えるな。お前は、アリアナに呼ばれたから来た。ただそれだけだ。いいな」


「分かったよ、雇用契約に入れておく。でも……あんた死ぬよ。あんたが手強いのは向こうも知っているから、『暗殺に使え』と、真っ赤な花びらの入った新種の毒を見せられた。俺は、そっちを断ったから受け取ってはいないし、詳しくは分からないけどな」


「まあな。狙われるタイミングはおおよそ、想像がつく。そちらは自分でなんとかする。アリアナが、一人で屋敷を飛び出さないかが心配だ。彼女を見張っていて欲しい」


「それ、もう一つの依頼と同じじゃん。……まあいいや、契約成立ってことで、あんたが生きていたら報酬を貰いに行くから。俺はザカリーだから、よろしくじゃん」


 そう言って、彼は屋根に飛び乗り、視界から消えた。

 サミュエル殿下が暗殺者へ渡す毒……。花を知らないとはいっても、バーベナであれば、真っ赤とは言わないか……。


 だとすれば禁断の花。


 本当にアリアナの勘が正しければ、サミュエル殿下が、それに手を出してもおかしくはない。

 どちらにもしても、私を狙うのであれば、私が誰かを本気で護衛するタイミングだろう。

お読みいただきありがとうございます。

次話は、アリアナに戻ります。

引き続きよろしくお願いします。

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