2-20翻弄① ※ブライアン視点
愛するアリアナの言葉を信じなかった私は、彼女から嫌われた可能性が脳裏を過ぎった。
私を「嫌う」と主張されたにもかかわらず、耳を貸さなかったのだから。
となれば、最後の卑怯な手を打つ。
彼女の元婚約者だって政略結婚。
私が同様に、当主を介してアリアナへ婚約を申し込んでも、なんら問題はない。
後で彼女が怒っても関係ない。なんとしても自分のものにしたい一心で、当主へアリアナとの婚約を申し入れようとした。
……だが、セドリック殿に私の狙いを阻まれた。
私がバーンズ侯爵家に着いた時。既に彼は従者からアリアナの言動を調べ上げ、結論に達する。「アリアナは心底私を拒絶しており、私が飾った赤い花を喜んだのは、兄を助けるための演戯。それ以上の意味はない」と。
私は「彼女のツンケンした態度は、恋愛遊戯だ」と主張しても、一切納得せず。むしろ「思い込みの酷い私と二人きりにできない」と言い出す仕末。
もし私が嫌いであれば……。黙って首筋に触れられることはないだろう。普通の令嬢と一線を画す彼女なら、一発で引っ叩く。
私は彼女から殴られる覚悟もしたが……。
微かに触れる口づけ。彼女はそれに、ほんのりと頬を赤らめたり、はにかんだりして見せる。
そうなれば間違いない。
……彼女に嫌われていなかったと、安堵した。
共に旅するセドリック殿が、「公爵様は初めから嫌われている」と何度も言うため、相当自信を失ったものの、これでアリアナの気持ちを確信した。
私に付き纏うセドリック殿。彼が「大事な妹を、他人の馬には乗せられない」と、私からアリアナを奪おうとする。
だが、彼女が狙われた以上、引く気はない。強引に彼女を抱えて馬に乗った。
呆れ顔のアリアナは何も言わないが、兄の過保護さに困惑しているのだろう。恋仲の私たちの邪魔に。
今晩の宿。私が「アリアナと同じ部屋で眠る」と言えば、セドリック殿がアリアナの横で眠る気がしてならない。それは兄であろうと許せない。
私が余計な心配をしたせいで、兄という盾に隠れた面倒な男の火を付けてしまった。失敗だ……。
アリアナに伝えたいことは山ほどあるが、私を射抜く視線が痛い。
兄という彼の立場で、無下にできないから質が悪い。
ひとしきり馬を走らせバーンズ侯爵領を抜けると、私の領地へ入った。
周囲の景色は小麦畑から一変、石造りの建物が軒を連ね、すっかり中心部の賑わいを見せる。
行き交う人々も多い。領主の私に気付き、立ち止まって頭を下げる者もいる。
前を行く乗合馬車の進行に合わせ、こちらも速度を落とす。
馬の足を休ませる意味でも相当に遅い。
馬と歩く、引き馬ができるほど。
アリアナを狙う強烈な視線。
……やつが来たか。
彼女を抱き寄せる腕に力を入れれば、滑らかな肌に触れる。
たったそれだけで、彼女の首筋を思い出し、どきどきと動揺する自分が気恥ずかしい。
一見すると、どこにでもいそうなお嬢様として育てられた、美しいご令嬢。
そんな彼女が毎回、違う姿を見せるものだから、会うたびに愛おしくなっていく。際限なしに。
これ以上、彼女に驚かされることはないと思っていたが、暗殺者と対峙しているのには、度肝を抜かれた。
騎士団の連中でさえ、一人で囮になる真似はしない。
例え、助けが入ると予見していても、彼女の凛とした佇まいが、格の違いを見せつけられた。
「うわぁ~、凄い。この石畳、自然と雨水が流れる仕組みになっているんですね。ブライアン様の領地は水路が随分と整備されていて驚きました。あの窪み、排水路ですよね」
「よく水路だと分かったね。日頃見慣れている領民たちから、物を落とすから穴を塞げと言われるのに」
「まあ、昔取った杵柄ってやつです。説明が面倒なのでそれ以上聞かないでください」
「昔って……。流石アリアナだ。何から何まで異次元だね」
「はい? い、い、異次元なんてとんでもないッ。へッ、へ変なことを言わないでください」
きつい口調で私を制するアリアナ。
……恋の病とは恐ろしい。
プリプリとつっけんどんな態度でさえ可愛いと思うのだから。
ここまでくれば、治る見込みのない重病に侵された。きっと、何をされても可愛く見える。
沿道からの「領主様が女性といらっしゃる」と言う声に、掌を向けて反応すれば、わぁーっと歓声が上がる。
「それより、さっきからあからさまな二度見をされて酷いのですが。私とブライアン様が一緒にいるのは、まずくありませんか? なんだってわざわざ騎士服なんて着ているんですか……」
「セドリック殿が煩くてね。でも、私がアリアナ以外の女性を腕の中に抱える方が問題でしょう。アリアナが美しいから領民たちも見入ってしまうだけだから、気にする必要はないよ」
「全然違います。何を言っているんですか? 私とブライアン様が不釣り合いだからですよ、どう考えても」
「ふっ、不釣り合いって……。確かに私では、アリアナほど気高く素晴らしい、清廉な女性といるのは問題があるのは否めない。だが、私で妥協してくれないだろうか」
「は? 妥協っておかしいでしょう……。公爵様ともあろうお方が、何を寝ぼけたことを仰っているんですか? 寝言は寝ているときに言うものですよ! 私たちはモブにロックオンされたエセ聖女とヒーローですからね」
アリアナがどんな顔で話しているのかは見えないが、心底呆れた口調である。
後半は所々意味が分からなかったが、聖女と私では、釣り合わないと言いたいのか?
さっきは、もの欲し気に私を見つめていたのに。
……また、私の心を弄んで楽しんでいるのだろうかと、愛らしく思う。
私と並走するセドリック殿が会話を聞き付け、口を挟む。ふっと笑みを浮かべる彼が私を諭す。
「公爵様。やはり私の見解どおりでしょう。我が家の当主の前で、アリアナが公爵様の赤い花を喜んでいたのは唯の演戯です」
セドリック殿の言葉が聞こえているアリアナに、直ぐに、見当違いと否定して欲しい。その言葉を期待する。
だが、私の腕の中でビクッとしたアリアナは、どういうわけか話を否定しない。
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