2-14攻略対象その五④
しわしわによれた服を着る彼が、しまりのない風貌で腹をかく。そのタイミングを見逃さない。
あんたのナイフの隠し所は熟知している。腹には、シースナイフがあるはずだ!
そんな物騒な物は出させてたまるかッ! と、先に仕掛ける。
「ザカリー。あなたの依頼主は誰?」
「うわァおゥ。俺の名前を知っているとは驚いた。やばい案件受けちゃったかな」
動揺した彼が、一歩後退する。
「いいえ。むしろ喜ぶべきよ。私と手を組むわよ!」
「馬鹿なのあんた。俺が誰かと組む訳ないじゃん」
にへにへと笑って私を見下す。だけど憎めないやつで、湊は嫌いじゃないキャラだ。
殺しの腕は一流。
だが、彼の最大の弱点。性格はエリー以上に単純。そして意外に従順で律儀。押せば勝てる。
そう見込んだ私は声を張り上げる。
「手を組むわよ。聞いて驚きなさい。あんたの依頼主を当ててあげるわ。サミュエル第二王子、そうでしょう」
「ったく。どうして悪役令嬢が依頼を知っているんだよ。色々聞き出せって言われたけど面倒だな。さっさと殺しておくか」
血の気が引く私の顔を見て、にやぁと笑うザカリーだが、私の恐怖が倍増した原因は、殺すと言われたせいではない。
あまりの動揺で喉の奥に力が入り、思っていた以上に低い声が出る。
「どうして、私を悪役令嬢って呼ぶのよ……教えなさい」
「誰が教えるかよ」
ぐるぐると頭の中を、疑問が駆け巡る。
私を悪役令嬢と呼ぶのは、「甘いマスクの覇者」。それを知っている人間。そういうことだろう。
暗殺者のザカリーへ依頼した第二王子は、私と同じように転生者だと言うのか⁉
となれば。やはり……香澄なのか?
私を車ではねて、彼女も死んだのか?
それで、悪役に転生? ヒロインではなく?
いや、「そんな偶然はないでしょう」とは思うが、私も所詮、悪役か……。
バーベナの呪文は『しばしの眠りを』だ。魔法の効果で簡単に連想できる言葉は、てっきり当てずっぽうで魔法の鍵を開いたと思っていたが、違うのか?
このゲームの動乱を招く黒幕に転生者の可能性が浮上したのなら、ことさら引く訳にはいかない。第二王子も、私みたいに、この世界が分かるのだから。
いいえ。場合によっては第二幕を知らない私以上の強者だ。
第二王子にとっては王太子の目覚めは想定外だろう。呪文の分からないこの世界、聖女の魔法が予期せぬタイミングで解けるはずはない。
余計なことをした、目障りな犯人を探しているのは間違いない。
黒幕が聖女の呪文を解けるとなれば、ブライアン様が本気で危ない。
先日。花の祭典で溢れていたバラの花は、永遠の憧れ。絶対に手を出してはいけない、禁断の花。
そう言って、ゲーム中のセドリックのうんちくが、一番熱い花だ。
バラの魔法。時限のない若返りはつまり、消失を意味する。聖女でなければ解除できない魔法である。
聖女のいない今は、そんな魔法を仕掛けられたら、どうやっても救えない。
蛍がいないこの国で、『恋蛍』。こんな呪文は偶然では当たらない。
……だけど、転生者となれば話が違う。
やはり譲れない。ザカリーを絶対に私の味方に付けて、ブライアン様の近くにいる第二王子は、なんとしても排除する。
「悪役令嬢ちゃんの綺麗な顔が真っ青だけど、いまさら焦ってるの? いいねぇ。お前が何を知ってるか吐いてもらうじゃん」
「私はねぇ、あなたの妹が病気だって知っているんだからね」
「はぁッ。どうして妹のことを知っているんだよ。ふざっけんなよ!」
こいつ同業者か? と呟くザカリーが、赤い瞳をギラリと光らせ、腹に隠すナイフを出す。
やばいやばい。彼のスイッチを押してどうするのよ。殺される前に、早く次の手だ。
「それは、それは……えーと、そうね。聖女だからよ」
半ばパニックを起こす私の思考は、既に機能していない。
唯一思いついた言葉。誰も信じないであろう適当な大見得を、胸を張って宣言してみた。
この際だ。話題が変われば、なんでもいい。
「おい。それ本当か? じゃぁ、俺の家へ来てくれよ。妹を助けてくれるだろう」
彼が、縋るような顔で私の両手を握る。
「ちょっと、ナイフの先端が私に当たるわよ!」
「ああ、悪い。ほら仕舞ったから俺んちへ行くか。こっから近いし」
ねぇ!
どうして、こんな嘘を直ぐに信じるわけ⁉
そんなんだから、あなたは悪徳商法に捕まるのよ!
と、騙す側の私が言えた立場じゃないけど、彼が可哀想に思える。
この暗殺者。思っていた以上にちょろいし、彼を手中にするのを思いついた自分を褒めてやりたい。
「嫌よ、行かない。あんたの家は王都の赤い屋根の家でしょう」
「うわァおッ。あんたマジで何者だ。どうして俺の隠れ家まで知ってんだよ」
「だから、聖女だからだって。それよりも、私の質問に答えていないでしょう。私がどうして『悪役令嬢』なのか、教えなさいよ」
「依頼主が俺に、セドリックの妹は悪役令嬢って呼んでたからじゃん。なあ、頼むから俺の家に来てくれよ、聖女ちゃん」
これまでのザカリーは、妹の病気を治すため、藁にも縋る思いで治療法を探している。悪いが、鼻先に人参をぶら下げる。
私だって、ブライアン様の命がかかるとなれば必死なんだから。
「家に行かなくても問題ないわ。仲間になるなら、妹さんの病気が助かる薬をあげるから。ほらっ、これよ」
「薬? そんなの持ってるのか。いや、なんか、やっぱ怪しいな。都合よく持ってる方が気味悪い」
「うっッ!」こいつ意外に冷静だなと、思う私の方が動揺する。
「薬なんて、嘘だろう」
「何言ってんのよ。正真正銘の薬よ」
小さな麻袋。その中には、ブライアン様から貰ったジェムガーデンのノースポールが入っている。
私は手に握っていたそれを、彼の手に、ぎゅうっと押し付けた。
妹の病気が治れば、おそらく、彼は再び私の元へ来るはずだ。
現実の世界で、暗殺者のザカリーと人生を歩む気は毛頭ない。
でも、忠犬のようなザカリーは、何としても私の味方にすべし。私の勘がそう働く。
袋の中身を確認しようとしたザカリーが、私の手を離す。
そして、袋を開けた途端。目が点になる彼は、ぽかんと口を開ける。
「なんだこれ? ゴミ? 薬かどうか、ますます疑わしいじゃん」
「ザカリーは聖女の花も知らないの?」
「なんだそれ。まあ、どうでもいいか。俺の依頼は悪役令嬢を殺すことじゃん。あんたの話が嘘か本当か、よく分からない以上、このまま帰すわけにいかないからな。おいで、悪役令嬢ちゃん」
「駄目よ。私これから忙しいのよ。一緒に行かない」
「無理、無理。俺も一度引き受けた依頼じゃん……帰すわけないから。前金だってもらってるし。悪役令嬢ちゃん美人だし、俺にとっては、ただ殺すより、仲良く遊ぶ方がおいしいじゃん。飽きたら依頼を決行するだけだし。報酬ももらえて、いい女を拾える依頼はそうそうないからな」
「私にとっては、ちっともおいしくないわよ」
「強情だな。まあ、それも面白いじゃん」
「行かないって! 私はどうしても、行かなきゃいけない所があるの」
彼に……。ブライアン様に伝えなければ、死んでも死に切れない。
ザカリーに抱きかかえられそうになる、そのとき。
遠くで、何かがキラリと瞬くのが見えた。
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