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2-11攻略対象その五①

 二人の王族に遭遇して直ぐ、こちらもそれ以上の用事もなく、帰路へと向かう。

 私の動揺とまるで同じように、馬車の車輪の音も一段と大きく感じる。まあそれは、私が静まり返っているせいだろう。


 領内の全ての小麦畑を巡り終え、ゲビンへ何も言わなければ、このまま我が家を目指すだけ。

 

 最後の畑で、とんでもない現実に直面した。

 長い髪で顔を隠す私は、荷馬車の中でうずくまり、考えに耽る。

 

 南北に伸びるバーンズ侯爵領。アルと遭遇したのは、南側のハエック男爵領に接する位置だ。


 どうして、こんなところに攻略キャラがいるのだろうか?

「アルのルートを思い出しなさいよ、湊!」と、自分で自分を恫喝する。

 そう。

 本来のゲーム。ここに彼がいることは、断じてない!

 それは、はっきりと言い切れる。

 ゲームの展開では、ちょうど今ごろ。「予定が変わったから」と、サプライズのデートに誘われる。

 素の反応を見たい彼らしいシチュエーションを用意され、ヒロインは「花の祭典で会ったばかりなのに、凄く驚いた」と古典的に返す。これがお決まり。

 そして、デートの途中で最後のイベントに発展するわけだ。

 

 間違いなく、ゲームでは王都に居るはずのアル。彼が、ここにいる理由を探せば、「あっ」と声が漏れ、一つ見つかった。

 ……この国の王子御一行と計画していた、小麦畑の視察かもしれない。


 アルのルート。

 帝国へ帰る馬車での会話に、『小麦畑を見られなかったのが残念だ』というシーンがある。

 アルは、畑を見られなかった理由を告げることはない。意味ありげに語るだけ。

 だが、王太子のルートと合わせて考えれば、見えてくる。城内の異変から、不用意な遠出は危険だと、回避したのだろう。


「そうなのよっ!」

 だから本来であれば、アルはここには来ない。

 でも、彼が私の前に現れ、アルを追うように第二王子も姿を見せた。


 まさか……王太子は既に眠りから目覚めたというのか?

 ブライアン様へお渡しした、あのダリアで⁉


「ぇっ。嘘でしょう」

 まだ、彼に渡してから4日しか経っていないのに、それを一か八かで使ったというのか。そんなことってあるだろうか⁉

 普通に考えれば、王太子にそんなことはしない。「信じられない」というのが本音。

 でも否定はできない。きっとそうだ。

 そうでなけれれば、アルがここにいる理由が説明できない。

 今、私の頭の中は、パニックに陥っている。


 こうなれば、既にブライアン様は何か怪しんでいるはずだ。

 彼の名を語ったことも、万能の解毒薬のことも。

 それを知って、彼がどう動くのか。


 ……賭けてみたい私がいる。


 アルへ返しそびれたバーベナ。それに、私の記憶にある聖女の呪文『しばしの眠りを』と、声をかけた。


 とても分かりやすい呪文。だから、王城で聖女の日記を一度読んだだけでも覚えている。


 うろ覚えとはいえ、間違っている気は少しもしない。それなのに……光らなかった。

 ということは、このバーベナは聖女の魔法が解放済みだ。

 迂闊に口に入れて試すわけにはいかないけど、私の前に呪文を発した者がいる。それは、アルがほのめかした持ち主だろう。


 ……予期せぬタイミングで当人が来たから、アルは話を止めた。


 香澄の話だけでは信用できなかった、第二幕の黒幕は確信した。

 そして、私が彼にロックオンされたことも。


 尻尾を巻いて逃げるか、戦うか。

 しがない私には無理だけど、ブライアン様となら対峙できる。そんな気がしてならない。

 


「お嬢様。真っ直ぐ城へ戻ってもよろしいですか?」

 考え込んでいるのが気になるのだろう。振り向いて私の顔を見るゲビンが、そう訊ねた。

 この場所は、右に曲がれば領主の城が見える交差路の手前。真っ直ぐ進めば、ゲルマン侯爵領。つまり元婚約者の領地へ繋がり、彼の屋敷がある。


 目的の城が見えるころになれば、影が大分長くなるほど陽が沈みかけている。


 最後の畑で第二王子に会い、迫る危険に気持ちは焦る。領地を離れる出立の準備もしたい。

 だが、わざわざ聞いてくれたなら、最後に見ておきたい場所がある。

 どうしようかと迷った挙句、行くことにした。


「うーん、あと一か所だけ寄りたいところがあるから、そこへ行きたいわ」

「どちらですか?」

「川辺へ行きたいのよ。ほら、夏に水遊びをよくしていたところ」

「真夏ではありませんから、さすがに、水は冷たいでしょう」


「子どもじゃないし、水には入らないわよ。昔ね、よく遊んでいたから、今はどうなっているのか気になってね。あっ、ここで停めて」


 一見すると、なんにもない切り立った崖沿い。そこで、馬車の静止を求める。


「川辺に降りるのでしたら、もう少し先に平坦な場所がありますよ」

 私が「停めろ」と命じたのは、馬をつなぎとめる木が見当たらない場所だ。

 馬を二頭繋げた馬車を、安易に放置することもできない。それは、私も理解している。


 私と崖下まで同行できないのを見越し、ためらうゲビンは、手綱の動きが定まらない。


「うん、知っているけど、ここの方が近いから。ちょっとだけ待っていてくれる。まあ、橋の下だって、我が家の敷地なんだから問題はないでしょう」

「そうですが……。まあ、大丈夫でしょう。くれぐれも気を付けてくださいね」

 ほどなくして、馬の蹄の音は消え、さらさらと川の流れる音が聞こえる。

 荷馬車からピョンと飛び降り進む道は、人が一人通れるかどうかの獣道。

 少し湿った土で足元が悪い。滑りやすい崖を一歩ずつ慎重に降りれば、婚約が決まったばかりの頃、ルーカス様と遊んだ川岸がある。


 昔はよく、魚獲りの網を橋げたに広げて罠をしかける不届き者がいたのだ。もし今も以前のようにかけていたのなら、撤去しておこうと考えた。


 石造りの頑丈な橋。早々に壊れるものではないが、丘の上の城までの避難路の一つ。川が増水するのは目に見えているのに、余計なものが橋に付いていれば、早々に流木などが絡まり崩壊しかねない。憂いは少しでも排除したいと考えた。

 ……だが、全くそんな心配はいらなかった。

 ただの無駄足で、心配過剰な私の杞憂に終わる。まあね。それはそれに越したことはない。


 こうなれば長居は無用。ゲビンの元へ急いで戻ることにした。

 崖に登る手前。名残惜し気に川へ振り向き願いを込める。

 台風が通過すれば、この景色が一変するだろう。


「……この美しい景色が変わりませんように」


 今も昔も変わらず、綺麗に澄んだ水が、キラキラと光を反射させながら流れている。


 昔。足をくじいた私を、ルーカス様が背負って運んでくれたんだ。子どもの頃の彼は優しかった。まあ、ここ三年は、パッと思い浮かぶ良い想い出はないけど。


 すると、胸の高さまであるススキが、ガサガサと揺れる音が響く。

 誰かが茂みにいる? それとも獣か?

 危険を察して、急いで崖を駆け上ろうと獣道を見上げたときだ。


「……アリアナ?」

 聞き馴染のあるその声は、間違いなく私の名前を呼んだ。

 どちらかといえば、腹立たしく不快感を覚える声。無視しようか。そう思ったのが正直な反応。

 でも、いつもとは違う弱々しい声に、見過ごせない自分がいた。


「ルーカス様? どうしたの、そんなところで」

 草をかき分けて声の元へ近づけば、崖に背中を預けるように、ルーカス様が座っている。

お読みいただきありがとうございます。引き続きよろしくお願いします<(_ _)>

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