2-9攻略対象その四、帝国の皇子①
木陰で腰を下ろす私の目の前。
彼の声を聞いてから、あっと言う間に『攻略対象その4』が視界に映り、思わず見上げた。
彼としては目立たない装いのつもりだが、トラウザーに施された飾りチェーンやら、上等なワイシャツの袖をわざわざカフスボタンで留めているあたり、隠しきれていない高貴な気配が漂う。
彼のその格好もあってだろう。
うっすらと笑みを浮かべる強気な姿勢が垣間見える。そして、地面に腰を下ろす私へ優雅な所作で、すっと手を差し出す。
「バーンズ侯爵令嬢、お手をどうぞ」
いや。むしろこのままでいい。余計なお世話だ!
だが、口角を上げる彼は、げんなりする私を、わざわざ手を引いてまで立ち上がらせたいようだ。
ここまでさてれは、渋々ながら従うしかない。
「それではお言葉に甘えて、失礼いたしますね」
令嬢らしく、もったいぶるような口ぶりで、見た目上は、にこやかに告げた。
だが、私の腹の中では、穏便に挨拶を済ませ、一刻も早く「ごきげんよう」を発するつもりだけどね。
「背後から突然。美しいあなたに声を掛けた失礼を詫びよう。俺は、アルバート・ローレンス――――――」
ぅん? その言葉に覚えがある。
えっと、なんだっけ……。そうだ「背後から突然」ってやつ。似たようなシチュエーションがゲームの中にあった気がする。
あぁ~っ。駄目だ、そんなことを悠長に考えるより、目の前の大物を早急に対処すべきか。
どういう訳だか彼は、ライトゴールドの髪を風になびかせ、はっと驚いた顔のまま止まっている。
おい、何をしているんだ⁉
令嬢の癖に、毛玉付きの格好をしていることに文句があるのは分かるが、さっさと挨拶の続きを言え!
固まり続ける彼に、どうすればいいか分からず、とりあえず見つめ返すと、彼の深緑色の瞳に、私の黄緑色の瞳が溶け込むように映る。
う~ん。まどろっこしいのは面倒だ。私が会話を繋げるか。
「ローレンスと伺いましたが、もしかして帝国の方でしょうか? それなら、大変失礼いたしました、バーンズ侯爵家のアリアナと申します」
「あっ、ああ。俺の名前でどこの人間か判断できるとは、流石だな。お察しのとおり、クンツァイト帝国の第二皇子だ」
「アルバート皇子……まさか、そのような方がここにいるとは思わず、無礼な態度をお詫びいたします」
「いいや、気にする必要はない。俺はロードナイト王国へ遊学中故、身分を隠している。名前を呼ばれるのは少々問題だ。アルと呼んでくれ」
アルバート皇子が楽し気に喋れば、キラリと目が光る。
……終わった。
何故か分からないが、愛称呼びまで一度にことが運びやがった。やばい。
……私の中では、これの重大さを知る湊が相当に荒れ狂う。
「しょっ、承知いたしました、アル様」
「いや、侯爵家の人間に様を付けられるのはよくない。アルだけでいい。こちらも気楽に呼ばせてもらう、アリアナ」
「はい。アル……」
……嘘でしょう。
私は一切の拒否権を持たずして、ゲームの中の悪役令嬢へ向ける、「アリアナ」呼びに変わった。
彼が身分を明かしてこの国を発つ間際。
『アリアナがシャロンを虐めているにもかかわらず、この国は、悪人を野放しにするのか』と、国王陛下に進言されるのだ。
そのおかげ。
いいえ! そのせいで、悪役令嬢アリアナは一週間、貴族用ではない牢へ見せしめのように投獄される。
があぁぁ~っ。酷い、酷い、酷過ぎる。
あの建国記念の夜会。階段の傍で起こした婚約破棄騒動のせいで、シャロンを虐めていたのは、周知の事実になっているでしょう。全くの誤解なのにっ!
仕方ない。たった今。バーンズ侯爵家の令嬢として振る舞った以上、ここから王都へ連行されないように、何とかする。それしかない。
身元を隠して、ロードナイト王国へ留学に来ている、二十二歳のクンツァイト帝国の第二皇子。
この国とは比べものにならない大国。出生順ではない手法を用いて、皇太子の選出を行う実力主義の国だ。
その彼は、暗殺を企てる誰かに、この国から帝国へ戻る道中に殺される。それも、ロードナイト王国の領地内で。
恐らく。ゲームの進行上、そう遠くはない未来。
……ゲームでは。
アルバート皇子がシャロンへ「背後から突然声を掛けて申し訳ない、そのまま私の顔を見ないで聞いて欲しい。帝国にあなたも一緒に来てくれ」と、背中合わせで願い出るのだ。
それは、甘えた性格の娘を嫌う彼が、ヒロインを試す、最後のイベントだ。
『YES 一緒に行くわ』を選択すると、アルバートは無言で立ち去る。
『NO 無理よ。アルの顔を見るのは辛いから、そのまま立ち去って』と伝えると、二人の愛が深まる流れに変わる。ひねくれた男だ。
だが、NOを選択して完全攻略しても、帝国へ向かう途中、アルと共に殺される。幸せな時間は信じられない程に短い攻略キャラなのだ。
まあ、その間の俺様溺愛が凄いから、それを感じたくて湊は何度か試したわけだけど。
私が自分の記憶を整理していれば、感心したと言わんばかりの顔をされた。
「アンドーナツ。初めて食した珍しいものだったが、あの中の花びらの意味。アリアナを引き上げて、答えが分かった」
「……ぇっ」
「この国の聖女伝説も、あながち嘘ではないと言うことか……。長きに渡り、この国に滞在した意味があったというものだ」
「へ?」
小豆の皮と、少しだけ混じるアリッサムの花びらでは、食感的には分からないと思ったけど、バレた⁉
お読みいただきありがとうございます。
攻略対象は、ルーカス視点で既に登場していましたが、やっと4人目を出せました。
引き続きよろしくお願いします。






