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2-8アンドーナツ作戦③

 おしゃべり好きなゲビンと、ただひたすらアンドーナツを配り歩き、時は既に二時を回る。

 この少し前まで、私たちの前に長い列ができていたが、ようやく最後の一人に渡し終え、この畑に目途がついた。


「優しいお姉ちゃん。ありがとうございます。すごく大事にして食べるから」

「うん。家族みんなで食べるのよ」

 そう伝えると、深々と頭を下げた八歳くらいの小さな子は、ドーナツを受け取り、弾むような足取りで去っていった。

 彼の話を聞けば、一個のドーナツを家族五人で分けると言うのだ。全くもって驚いた。

 今朝、いい歳のおっさんが、すました顔でもう一つ寄越せと訴えていたのに。幼い子どもの方がよっぽど健気で泣けてくる。もちろん、先程の少年に家族の数だけアンドーナツを渡してあげた。


 そして、私たちは休憩も兼ねて、大木の下に腰を下ろす。

 座った途端、ほぉうっと息を吐く。

 想像していたより順調にことが運び上機嫌の私。それよりも、もっと嬉しそうに笑っているゲビンが興奮気味に話す。


「お嬢様のアンドーナツ、大好評ですねっ。平民たちは、甘いものを食べる機会がないから、皆、泣いて喜んでいましたよ」

「ここまで好評だとは思わなかったわ。これで、私も皆も安泰って話よ」

「赤豆を甘くするとは、よく思いつきましたね。我々は、そのまま食べるか、スープに入れるくらいですから、その発想に驚きです。お嬢様のドーナツ。この領地の名物になりますよ」

「名物ねぇ。そうするつもりよ」

 まあ、流石にこの場所では、ドーナツ屋はやらないけどね。一度名前の知れたものを売り出しても、一瞬で身バレするだろう。

 もう、どこにも縛られない自由の身。今まで縁のなかったこの国の西側に、拠点を移すつもりでいる。


「ここの畑には噂を聞き付け、小麦の収穫に関係のない者まで、お嬢様のアンドーナツを求めて長蛇の列を作っていましたからね」

「本当ね、びっくりしたわ。配っても配っても列が短くならないんだもの」

「貰いに来ただけの彼らにも、配って良かったんですか?」

「もちろんよ。それは、気にしなくていいのよ。美味しいものはみんなで食べた方がいいでしょう」


 ゲビンは、自分たちより身なりの良い人物まで、顔を隠してコソコソと列に紛れていたのが気に入らないだろう。

 私はエリーがかばんに詰めてくれた、毛玉付きのチュニック姿で、ゲビンも余所行きとはほど遠い格好で、畑を駆けずり回ったのだから。


 それなのに、畑にはあまりにも不釣り合いな、光沢のある上質の生地を纏う者たちがチラホラと目に付いた。特にこの場所で。


 もしこれが、台風対策を兼ねていなければ、イーサンのように蹴散らしたところ。

 まあ、ゲビンに説明はできないが、今回に限っては問題ない。


 おや? だが待てよ。

 噂を聞き付けてということはだっ!

 アンドーナツ、イコール、アリアナが作った。そんな話が広がりつつあるのかしら。


「……えっ、それって、まずくない?」

 サァーッと血の気が引く私は、ふと気付く。


「どうしましたか?」


「ねぇ、私、何だか大失敗した気がするわ。このアンドーナツを作ったのが私だと分かっているのかしら?」


「ちゃんと分かっていますよ。行く先々で、『こんな美味しいもの作るのは誰か』と質問攻めに合いましたから、しっかり『アリアナお嬢様のアンドーナツだと』と名前を売っておきました。ご安心くださいませ」

「そ、そう……」


 ……思ったとおりだ。

 こんな目立つことをしてからでは、後の祭りだ。

『小豆で作ったあんこ』でさえ、この国の感覚では相当に珍しい。

 それを作ったのは、間もなく指名手配になる身のアリアナだ。


 私が領地を抜け出した後、ドーナツを売って静かに暮らしていく計画だったのに、ドーナツの名前が既に一人歩きしている。


 近い将来、どこからともなく流れるドーナツの噂……。

 それで、私の所在がバレてしまうじゃないか!


「お嬢様。確かここの畑が領地の端に位置しているはずですが、念のため、畑の持ち主へ声を掛けてきますから、しばらくここでお待ちいただけますか」


「ええ、もちろんよ。木陰が気持ちいいし、もう少しこうしていたいから。ゆっくりどうぞ」


 それを聞き。小太りのゲビンは、少し離れた所に見えている畑の持ち主の元へ駆けて行った。


 すると突如として、木の反対側から美声が聞こえた。

「バーンズ侯爵令嬢は、随分と面白いことを思いつくんだな。あのようなものは、初めて食したぞ」


 この声の主……。ゲームで聞き覚えがある。

 低いけれど、とおる声が特徴的な『攻略対象その4』の気がしてならない。

 大丈夫よ。彼は私が侯爵令嬢だと理解した上だ。

 今ならまだ、彼は名乗っていないのだから、領主のお嬢様の体で話す。そうすれば会話は終わる。


「あ~ら、気に入ってくれたようね。でも、背後から私へ声を掛けるのは失礼よ。慎みなさい。そのまま立ち去るなら不問にするわ」


「ってことなら、名前を告げる必要があるな。この国で俺を知るのは限られているが、その中に入れてやるよ」


「ぎャふんっ!」

 そんな言葉を本当に言いたくなる時が来るとは、思ってもいなかった。

 ヤダヤダヤダ。

 そっちじゃないでしょう、今の流れ。

 私に顔を見せるなっ!

 あなたの名前を知る希少な人物に、誰が入れてくれと頼んだ⁉

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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