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2-6アンドーナツ作戦①

時間的には、ブライアン視点を挟む前の続きです。

 昼下がりとはいえ、どんよりとした曇り空のせいで既に暗く感じる。

 だが、明るい兆しが見えてきた私は、少々浮かれ気味に我が家の敷地の境界線である、一つ目の門を通り過ぎた。


 バーンズ侯爵家の王都の屋敷は、「城と呼べるもの」止まり。

 だが、領地の屋敷は完全に城だ。灰色の壁は至る所に丁寧な修繕を施されている。古めかしい建物ではあるが、むしろそれが、代々受け継がれた名家の証明でもある。


 小高い場所から領地を見下ろせる場所に位置する。それを敷地の端から全貌を見るとなれば、少しだけ首を上げる必要がある。

 アリアナにとっては当たり前だが、前世の湊が引くレベルの建物を「我が家」と称する。


 侯爵家の城へ入れば、執事のイーサンに出迎えられた。四十五歳の生真面目な彼は私の姿を見ても、にこりとも笑わない。むしろ、瞬きの回数が多いように思える。


「お久しぶりね、イーサン。しばらく滞在するからよろしくね」

「お久しぶりでございます。すっかり大きくなられて、一瞬、どなたか判断でき兼ねました」


 彼の視線は私の横を抜けていく。

 丁寧な口調で挨拶されるものの、私の他に、あとから誰か別の人物も来ると思っているのが見え見えである。

 その姿に「やっぱりな」と思う。だから、お父様の手紙が必要だと考えたのだから。


「あの~、アリアナお嬢様が、お一人でいらしたのですか? まさか違いますよね。ご当主やセドリック様は、いつ頃ご到着のご予定でしょうか?」

「私だけよ。この後も二人は来ないわ」

「王都で何か問題でもございましたか?」

「いいえ、二人とも元気ですし、問題もないわ」

「そうでしたか」


 隠す素振りもなく、大きなため息をつくと、あからさまに不満げな表情である。

 悪かったわね。

 期待に沿えないお嬢様が、「のこのこ一人でやって来ちゃって」

 と、到着早々、少々ささくれだった感情を抱く。


 五年も領地へ足を運ばなかった私は、彼の中では十三歳の生意気盛りな子どものまま。

 なんとなく、そうではないかと案じていたが、想像どおりだった。


 お嬢様の特権を使い、冒険と称した好き勝手なことをしていた自分には、思い当たる節が多すぎる。

 城の屋根裏に隠れる度、そのまま寝てしまい、誘拐騒ぎになったのは数えきれないほど。

 そして最後にここを訪ねた私は、近くの川辺でやんちゃをして、怪我をする羽目に。そのときは彼が、父から大目玉を食らったのだ。

 あれから早いもので五年も経つのか。


 私がすました顔で「はい、お父様からよ」と言って手紙を渡すと、見事なまでの掌返し。私への態度が柔軟化するのが見て取れた。


 これでやっと本題に移れる。

「お父様の指示のとおり、小麦の収穫を早めるわよ。……明日、領民たちに声をかければ、明後日には収穫できるのかしら」


「はい。雨が降らない限り、大丈夫だとは思います。ご主人様の手紙を持って、私が農民たちへ伝えれば、畑の管理者それぞれから、自分たちの土地へ毎年収穫の手伝いに来る者たちへ知らせるようになっておりますから」


「よく、それだけで動いてくれるわね」


「ご当主が、五年程前に農民たちの元を一軒一軒訪ねて働きかけましたから、今ではすっかり定着しております」


 初めて聞いたイーサンの説明。それに驚いた顔をすれば、彼から「領地の事情を全く知らないのか」と、呆れた顔をされる。

 知性派のお兄様は兎も角。アリアナに激甘でぼやんとしているお父様も、実は相当のやり手だったことを知り、顎が外れかけた。

 そのお父様を騙してきたのだから、私もなかなかやるわねと、にんまりする。


「お嬢様。……私の話を聞いておられますか?」

「当然よ。俄然やる気が出たわ」


 図らずも私の出番がないうちに、小麦を刈り終える目途がついた。

 そうなれば、領民たちをどうやって台風から守るかって話だ。

 沿岸に位置するバーンズ侯爵領は、海の利点も大きいが、台風となれば高潮の危険さえある。おそらく、この領地の被害が一番大きくなるだろう。


 前世の湊が知っている台風対策なんて、飛ばされる物を置かないとか土嚢だとか。ぱっと思い浮かぶのは、その程度。

 だけど、私は知っている。

 何かあったときに一番大事なのは、危ない所から、さっさと逃げること。

 子どもとか、守るべき者がいれば抱えて走るかもしれないじゃない。

 そして、小麦を刈りに来る有志とあれば、そもそも体力自慢。


 ってことは、あるわよ!

 私に出来るとっておきの方法が。

 名付けて、『アンドーナツ作戦!』

 我ながら、ネーミングセンスがないのは否めないけど。でも、そんなのは誰も気にしないでしょう。


「イーサン。もう一つお願いがあるわ。赤豆を大量に買いたいんだけど、どうしたらよいかしら」

「当然ながら今年も用意しております。既に城の食料庫に大量にありますからご安心くださいませ」

「はっ? どういうこと?」


 まるで自分の感情を覗かれたかのような先読み。その行動に恐怖すら覚え、聞き返すが、イーサンからは感情の読めない平坦な回答がある。


「ぅん? 小麦の収穫の時に、毎年配っている赤豆のことを仰っておりますよね? 王都から離れたバーンズ領の者は、『花の祭典へ行けないから』と、ご当主が赤い花にちなんで配っている話ですが。準備を怠ることはありませんのでご安心くださいませ」

 知らないわよ、そんな話。

 露骨に不思議な顔をしてしまったのだろう。イーサンが「何しに来たんだこいつ」と、顔を引きつらせる。

 

「赤豆だけど、今年は私が、とっておきのやつを作って配るわ」

「はい? またご冗談を。お嬢様が何を作れると仰るのですか? また、ご当主に怒られるのは私なんですよ。自粛ください!」


「もうっ! どうしてみんな、そうやって否定から入るのよ! 私は料理が得意なのよ。麦を刈る領民たちを労う差し入れをするのよ」

「お嬢様がですか⁉」

 目を見開き、「嘘をつけ」と言わんばかりに驚かれた。何もそこまで馬鹿にした顔をしなくてもいいと思う。


「イーサンが見たこともないのを作ってあげるから。ひれ伏すといいわ」

「お嬢様……。セドリック様が、妄想が酷いと仰っていましたが、伺っていた以上に酷いですね」

「はえ?」


 ちょっと待ってよ。

 私がおかしかったのは、ルーカス様フィルターだけだからね。失礼しちゃうわ。

 ここは怒っていいところかしら。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

温かい応援お待ちしております。

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