2-5聖女の予言④ ※ブライアン視点
ジェイデンの私室の前、入り口に二人の兵の姿がある。
「クロフォード団長!」
「今、ジェイデンは一人か?」
「はい。少し前までは王太子の側近の方がおりましたが、今はお独りです」
それを聞き、右手に握りしめているダリアの瓶へ、つと目をやる。
ジェイデンが本当に目覚める事態となれば、不用意に、ことの目撃者は作りたくない。そう考えると今が絶好の機会に思える。
胸を撫で下ろす私は、部屋の奥の寝室へと歩みを進める。
外では昂然とした口ぶりでものを言うが、存外、部屋に派手さはなく、ダークブラウンを基調とした品の良い調度品で揃えられている。
そして、中佐の報告どおり、静かに眠るジェイデンの姿がある。
王太子という肩書を抜きにして、令嬢を惹き付ける色男ぶり。まあ、どうでもいいけれど。
ジェイデンの寝顔をしみじみと眺める趣味はない。早々にダリアの花びらをひとつまみすると、そのまま口へ入れる。
この期に及び、サミュエル殿下に浮上した疑念を、まだ信じたくない自分がいて、目が覚めないように願う気持ちが半分程ある。
……だが。
その答えは、ことのほかすぐに現れ、ジェイデンの瞼が、ぴくぴくと動き始め、うっすらと目を開く。
それを目の当たりにし、ふぅーと小さく、失意のため息を漏らす。
「ブライアンが、どうしてここに? もしかして、お前は私の寝込みを襲うほど、私のことが好きだったのか。どうするかな。……襲われてやってもいいが」
「ったく、起きて早々それか。呆れてものもいえないな」
「いや、本当に何しにきたんだ。言いたくはないが、この場にいるのは来襲と疑われてもおかしくない。黙認できんぞ」
「カールディンとの約束があるのに、ジェイデンがアニーの譲渡に関する書類を寄越さないから、起こしにきた。……が、悪い冗談を言うほどスッキリ目覚めていたようだし、必要なかったな」
「おっ、おい。今何時だよっ!」
跳ね上がるように、がばりと起き上がるジェイデンへ、冷たく告げる。
「二時だ。何時まで寝ているんだ。カールディンには一度退城してもらったからな」
すると、額に手を当てるジェイデンが、しまったと言わんばかりに顔をくしゃくしゃにする。
「やってしまったな。昨日の晩、やけになって酒を飲み過ぎた」
「はぁ? やけ酒なんて珍しいな。何があったんだ」
「運命の女性と出会った」
切ない顔をしながら返答され、思わず拍子抜けする。
ジェイデンの『運命の女性』は、何度も聞き覚えのある言葉である。
それを一国の王太子が、毎度毎度、好意を寄せる令嬢に巡り合えば口にする。よくもまあ恥ずかしげもなく言えるものだ。サミュエル殿下に仕掛けられたものが猛毒であれば、今ごろはあの世にいたのだが。
危機感とは無縁。こちらの心配とはかけ離れた返答に、肩透かしを食う。
「またそれか……。私はその話を何度聞いたか分からんな。ジェイデンの運命は幾つあるんだよ」
「いや、今回だけは違ったんだ。彼女ともっと早くに出会っていればよかったのに。……出会うのが遅すぎた。今更、私の婚約の条件を覆すには、彼女の身分が低すぎて、ニーチェ王国に説明がつかないからな」
ロードナイト王国の西隣に位置するニーチェ王国。かねて、縁談の話が持ち上がっては消えてを繰り返したが、双方の妥協点にやっと落ち着いた。
一年後に結婚する王国の王女。後継者争いを危惧して突き付けた条件。『結婚から一年は側室を持たないこと』それに承諾した上での婚約である。
ロードナイト王国に密かに伝わる嘘か誠か分からないジェムツリーの予言。それによって、二十三歳の誕生日をゆうに超える王太子が、つい最近まで婚約者さえ決められずにいた。
「また、町娘に引っかかっているのか。大概にしてくれよ」
「町娘ではない。とはいっても令嬢としての地位が低過ぎるからな。二年後に側室として迎え入れると願い出たんだが、色よい返事は貰えなかった」
「どうせ、いつもの勘違いだろう。これまでは『二十三歳まで婚約できないから、待ってくれ』だったが、一人も残っていないだろう」
「そんなこともあったが今回は違う。令嬢を一目見て、時間が止まったように惹き付けられたんだ。さすがにそれは初めてだった」
「そこまで言うなら、王族の命令でも使えばいいだろう」
「そう思っていたさ。だけど昨日の夕方に、サミュエルから、『私の運命の女性』を婚約者にすると報告された」
耳がピクリと動いた。
サミュエル殿下が婚約者に気を捉われているのは、私とアリアナにとって、朗報に思える。
だが、失意の親友の手前であると気を改める。その喜びに近い感情は、極力、顔に出さず話を続ける。
「つくづく女性の趣味が一緒だな。サミュエル殿下の相手を奪っただの、盗られただの、何度目か分からないけど」
「本当だよ。いつも私が狙う相手をサミュエルに奪われるから、今回ばかりは隠していたのにな。趣味が同じなんだろうな」
「そうか……」
「ブライアンとバーンズ侯爵令嬢に改めて詫びるよ。昨日は本当に申し訳なかった。ブライアンがバーンズ侯爵令嬢一筋だと思っていたのに、私の運命の相手から『ブライアンと約束がある』と断られていたからね。そのせいでブライアンに当たってしまったな。でも、あれは、今に思うとサミュエルに言わされていたんだろうな。完全な誤解で意地悪をしたのが恥ずかしいよ。私は友人の恋を奪う気はないから安心してくれ」
そう言うと、やっと寝室から動き出す。
それに合わせるように、こちらも退室しようと動く。
だが、部屋を出る前に聞いておきたい。ジェイデンを惑わす魅惑の令嬢が誰なのか、気にかかる。
「その運命の相手は、どこのご令嬢なんだ?」
「近々サミュエルが婚約発表をするから、すぐ分かるだろう。可憐で、優しくて気遣いの出来る慈悲深い令嬢だ。とは言っても彼女の身分でありながら、陛下まで説き伏せて正妻に据えるとはな……羨ましい。あと、明日から行く予定だった小麦畑の視察だが、私はサミュエルとしばらく顔を合わせる気にはなれないから予定を変更する。そうなるとブライアンの同行も不要になるから」
「ああ、承知した」
「直前に予定を変えて悪いね」
「本当だ。この国の王太子が失恋で予定を変えるとは、帝国の皇子も驚くだろうな」
「まあ、バレないように、適当な言い訳を考える」と自嘲気味に笑うジェイデンの元を後にした。
潤む瞳を周囲に気づかれないよう、目元を覆う。
普段どおりの親友を見ることができて、ようやっと安堵した。
今から三か月も眠っていれば、事実上サミュエル殿下が次期王のようにこの後に控える政を執り仕切り、ジェイデンはこの先、お飾りの王太子へと変わっていただろう。
大っぴらには出来ないが、全てアリアナのおかげだ。
お読みいただきありがとうございます。
次話から、アリアナに戻ります。
面白い、先が気になるなど、興味を持っていただけましたら、ブクマ登録や★で応援いただけると助かります。
皆さまの応援が励みになりますのでよろしくお願いします<(_ _)>






