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1ー4 本当の来客①

 感情任せに扉を閉めた人物が、足音を立てながら戻ってきた。


 私が意識を取り戻した直後のときは、まだ記憶になかったメイド姿の女性。

 彼女は私の侍女、エリーだ。

 私は二十六歳の彼女に、姉や友人みたいにお喋りに付き合って貰っていた。相当気心知れた存在。それなのに、混乱に乗じて忘れかけていた。


 鼻息の荒いエリーが、シャロンを追い払ってからというもの、私をじーっと睨んでくる。

 正直なところ。記憶を取り戻した直後の私は、まだ、混乱の熱が冷めきっておらず、思考の整理がつかない。

 それでも侍女から向けられる威圧に観念して、エリーの小言を受け入れる覚悟を決めた。


「エリー、何か言いたいことでもあるのかしら?」

 平静を装う私は、冷静に問いただした。


「当然ですっ! お嬢様があんな令嬢にいつも優しくし過ぎるからです。そんなんだから周りの人間が付け上がるんです」

「そんなことはないでしょう」

「いいえ。階段から落ちたのも、ゲルマン侯爵令息を助けたからですって。今回、体の打撲だけで済んだのは不幸中の幸いだって、医師も言っていましたよ。一歩間違えれば大惨事です。何をやっているんですか! その挙句、男爵令嬢にまで言われ放題。そんなこと、侍女のわたしでも我慢なりません」


 エリーが息巻いて話し終えれば、頬を膨らませ怒った顔をする。

 そう言われても困る。私は心の片隅に残る信念を貫いて、生きてきただけだし。


「……私はただ、『人に優しくしなさい。そうすれば、いずれ自分に返ってくる』と、母の教えに従って生きてきただけなのよ」


 驚いたエリーが、あんぐりと口を開けた。

 しまった。つい、母と言ってしまったけど、それはアリアナのお母様ではない。


「アリアナお嬢様……。それ、本気で言っていますか? いつも自分の我が儘を貫き、自慢することに命を懸ける、侯爵夫人のミイナ様が、『人に優しく』なんて、言う訳がありません!」

 知っている、知っている。娘の私だってそう思うわよ。


 お母様は、「いい男は奪ってなんぼ」と思う性格だ。

 実際、後妻の母はそうして今の地位を築いた、お見事な話。

 

 悪役令嬢の母としては、まさにぴったりの、いい性格をしている。

 あー、自分の存在をつくづく実感する。

 って何を言っているのよ。呑気に構えている場合ではない。

 


「待って、エリーは落ち着いて!」

 そんな大きな声で話せば、その問題のお母様に聞こえるじゃない! 首にされるのは、困る。

 それなのに、興奮しきりのエリー。

 あー、これは駄目だ。完全に、彼女のスイッチが入ってしまった。


「どこで聞きかじった言葉を誤解しているのか知りませんが、もう、こんなことは二度とおやめください。お嬢様が頭を強く打ったと報告を受けて、……もしかして、意識が戻らないかと、どれほど心配したことか……うっうっ」


 今度は、違う感情の高ぶったエリーは、大号泣を始める。

 私思いなのは嬉しい反面、いつだって喜怒哀楽の激しい彼女に世話が焼ける。


「なっ、泣かないでエリー。ありがとう、そんなに私のことを心配してくれていたのね」

「当たり前ですよ。全然起きないんですから」

「大丈夫よ。体を動かすのは、まだ少し痛いけど、こんなの直ぐに治るわ。それに、エリーのこともちゃんと覚えているくらい、記憶だって問題ないもの」

 こんなことを告げた手前、少し前の私が「エリーを見ても分からず困惑した」とは、口が裂けても言えないだろう。


「ですが。うっ、あの男爵令嬢が、アリアナお嬢様が昨日の夜会で、笑われたとおっしゃっていましたよ……。そんなこと、わたしが悔しくて」


「……まぁ、社交界の騒ぎなんて、しばらく顔を出さなければ皆の記憶からなくなるし。問題ないわ。ねっ!」

 残念過ぎる結果を自ら招いた私は、精一杯の笑顔を作り、エリーを宥めてみたけど、私だって、階段から落ちない算段だった。


 だけど結果的に、そうもいかなかっただけだ。

 捨てられた挙句、階段から落ちて大失態を犯すなんて。

 はぁ~ぁ、なんて情けないんだろう。


 ……エリーを説得しているけれど、本心では自分自身に言い聞かせている。

 心の中では、私が醜態を晒したという、シャロンの言葉が気になって仕方ない。

 例えドレスが捲れていたとしても、ドロワーズを履いていたわけだし、パンツを見せたのとは違う。

 それっぽっちのこと、ミニスカート文化のある日本の感覚では問題ないけど、この世界ではわけが違う。

 ……この先ずっと、後ろ指をさされる気がしてならない。


 できる事なら、もう二度と公の場には顔を出したくない。それが本音だ。



 こんな風に前世の記憶がはっきりした今なら分かる。

 なぜかこれまで、常に私の心の奥にあった、『人に優しく』の言葉。

 あれは、日本の母の口癖だ。

 前世ではそれを信じ、他人の仕事を引き受けた結果。

 湊が死んだ日の朝、疲れ切って寝坊した挙句、意識散漫で車にひかれたんだもの。……間抜け過ぎる。


 そして、アリアナの人生でも、中途半端な優しさで二人を守り、八年も婚約していたルーカス様に、あえなく捨てられた。


 ルーカス様との未来を信じていたから、花束を貰って、彼と過ごす時間だけで幸せだった。

 何も知らないときまでは、……本当に愛おしかった。


 婚約破棄を告げられる直前まで、彼と祭りへ行くのを心待ちにしていたし、毎年、ルーカス様から赤いカーネーションを髪に挿してもらうのが、嬉しかった。


 婚約破棄を告げられる直前。ルーカス様と交わした花の祭典の約束。

 ルーカス様は何を思って、私と話していたんだろう。

 内心、嫌っていたのに、平然と私と笑顔で話が出来るなんて、凄い演技力。


 もしかして悪役令嬢の私には、そういう仕様なのかしら。



 はぁ~あ。

 ……お母さんの嘘つき。

 優しくしたって、ちっとも返ってこない。

 それどころか、どっちの世界でも災難続きでしかない。


 こうなったら、私の好き勝手に生きることにするんだから。


皆さまの応援によって、ありがたいことに異世界転生恋愛3位にランクインしております。

応援に感謝申し上げますm(_ _)m

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