2-3聖女の予言② ※ブライアン視点
セドリック・バーンズ侯爵令息。そう、彼はアリアナの兄だ。
彼を見掛けた私は、ジェイデンの異変を知らせた中佐へ釘を刺す。
「王太子の件に関しては口外無用だ。中佐も速やかに平時の業務に戻るように」
すると、気の毒に思えるほど青ざめる中佐は、「はい」と小さく一言発し、駆け去っていく。
ジェイデンの今の異常事態。万に一つでも事件性があれば、警護に関係した中佐も、他人事ではいられないだろう。
昨日のジェイデンは、普段の警護の五倍以上に当たる騎士が配置されていた。
花の祭典に限っては、外でいい顔を見せるジェイデンが、令嬢たちから贈られるものを無暗に口にするからだ。
だが、それには、必ず同じものを口にした毒見役がいるはずだが、無断で休んでいる騎士の存在は把握していない。
そして、セドリック殿を追いかけるため、厩舎の横にある木の柵を、片手をついてひょいと乗り越えた。そして、何食わぬ顔でアリアナの兄へ声を掛ける。
「セドリック殿」
「これは、クロフォード公爵様」
私を真っすぐ見つめる黄緑色の明るい瞳は、アリアナの色彩と重なるが、癖のないキャラメルブロンドの髪は彼女と相違する。
溌剌たるアリアナと違い、彼の穏やかな口調の違いも、二人は兄妹ではあるが、あまり似ている印象を受けない。
「少し話を聞きたいのだが」
「私にですか?」
「ああ。アリアナはどうしているだろうか」
「アリアナですか? あの……、クロフォード公爵様は、領地へ向かったと伺っておりましたが、これからでしょうか?」
「セドリック殿は、王太子殿下一行が小麦畑の視察へ行くのを知っていたのか? 現状をそのまま見たいと希望があったから、伝えていなかったはずだ。誰から聞いた?」
「視察ですか? その件は初耳です。私の妹は屋敷を空けておりますし、公爵様と領地で落ち合いデートの約束だと、父から聞き及んでおりますが……違うのですか?」
淡々と話していたセドリック殿が、あからさまに最後だけ訝しんだ。
そんな事実も予定も私にはない。
どんな思惑でアリアナは、それを当主へ言ったのだ……嫌な予感しかしない。
「……アリアナは、いつ屋敷を出発した」
「昨日の三時には屋敷を出ていますが、実際の出発時刻は、はっきりしません。アリアナに同行するつもりの侍女が、アリアナの大事なカモミールを失くしたから分けて欲しいと、私の所へ泣きついてきて、それを持って外に出たときにはいなかったので」
「あの侍女を置いていったのか……」
……っ。
何かを感じて私に助けを求めてきたアリアナが、一人で動き出した。本気でまずい。
「……不躾な質問ですが、至急、小麦を刈るように妹へ伝えたのは、どのような了見からでしょうか? 今年の天候からして、私としては、十日は早い気がしますが」
……そうか。アリアナは、小麦を刈りに行ったのか。
あなたが初めて「次はいつ会えるか」と聞いてきたから、普通の令嬢らしいことも言うのだなと、思ってしまった。
……が、あれは違う。私の反応を見ていたのか。
取り返しのつかないことをしてしまった……。このまま放っておけば、もう会えない気がしてならない。
「セドリック殿。それに答える前に教えて欲しいのだが」
「何でしょうか」
「ジェムガーデンの花の礼だと、花びらを貰った……。アリアナのことも植物のことも詳しい君の知見を教えて欲しい」
胸ポケットから取り出した小さな瓶を彼に渡すと、一目見て直ぐに返された。
「……この話を知っている者は他に誰がいますか?」
「私だけだ」
「そうですか。私がお答えすると、どうするおつもりですか?」
彼は私の目をジッと見て、少しもブレない。
なるほどな。
彼のピリピリと張り詰めた空気。この花びらの意味を全て理解した上で聞いているのだと察する。
「……私がお茶に浮かべて飲むだけだ」
私を窺うように見るセドリック殿が、これで納得する気もしない。
できれば全てを伝え、より詳しく話を聞きたいところ。
だが、ことはジェイデンの健康不安である。
王太子の進退に影響を与える話を、漏らす訳にはいかず、慎重に言葉を選ぶ。
「クロフォード公爵様が、それまでの情報しか渡す気がないのであれば、私もお伝えする気はありません」
私の味方はしないと判断されたのか。珍しくやや感情的になる彼から、冷たく睨まれた。
「そう熱くなるな」
「クロフォード様にとっては、替えの利く令嬢の一人でしょうが、こちらはたった一人の大切な存在です。私が伝えられるのは、『その花びらは飲んでも害にはならない』、それだけです。お好きになさってください」
「誤解しているようだが、私にとっても唯一の存在だ。そのアリアナが、台風が来るから直ぐに小麦を刈れと言い出した」
目を見開き驚愕の顔をした後、私を軽蔑するように、見ている。
「妹から、『小麦を刈れ』と言われてクロフォード公爵様は信じなかった。そんなところですか」
「……確かに、否定はできない」
「分かりました。アリアナは私が迎えにいきます。ただ、アリアナが言ったことは、本当に起こりえる未来でしょう。直ぐに動くべきです。色々と総合的に判断して、私が断言します」
「そこまではっきり言い切れるのか……」
セドリック殿……。
アリアナの兄は、瞬時にアリアナの言葉を信じた。その彼の姿を見て、私の昨日の判断は読み誤ったわけだ。
アリアナから「好き」とは言ってもらえなかったが、「嫌いになる」と、はっきり言われたな……。
「妹のことは私が一番知っていますから」
「……駄目だ。アリアナの言葉を直ぐに信じるセドリックに伝えないのであれば、彼女に思うところがあるのだろう」
「いいえ。それならなおさら一人にしておけない。私もアリアナのことは譲れませんから」
「いや。彼女が『私と会う』と、当主に伝えて出発したのであれば、彼女が言ったとおりに私が動き、約束どおり連れて帰る。後から当主へ説明がつかなくなるだろう。そちらも隠したい何かがある。違うか?」
アリアナが僅かに残してくれたチャンスを逃すわけにはいかないと思った私は、冷酷な物言いをする。
「申し訳ありません。クロフォード公爵様が、そこまでアリアナに熱くなるとは思ってもいませんでした」
「……この花びらが、何かを教えてくれ……」
「その乾いた花びらは、ダリアの花びらです。公爵様がお渡ししたジェムガーデンのダリアであれば、魔法の鍵は解かれています。王弟から継承されているのであれば、ご存じでしょう」
「おい、セドリック殿は聖女の呪文まで読み解いたのか?」
複雑な表情を浮かべるセドリック殿が、黙ったまま首を横に振る。
このシーンが長くなりましたので、途中で切ります。
次話は、この会話の続きとなります。






