2ー1悪役令嬢万歳
今日から第二幕突入。
無自覚に動いた勝負が決まる。
二泊目の宿を後にすれば、領地までは四時間といったところ。できるだけ揺れないように気遣ってくれているのだろう、馬の歩みは随分と遅い。
屋敷を出発した日の夢のせいで、昨日は一日中尾を引き、一緒にいる二人に存外心配をかけてしまった。決して馬車に酔ったわけではないが、顔面蒼白に見えたらしい。
一日という時間をかけて考えたところで、香澄が言っていた話は疑念止まり。
確かに第二王子が、「国の動乱を招く悪者」のような気がする。でも、近づく術がない。
それに思い返して見れば、王城で読んだ聖女の日記に『聖女の実』と連動する『隕石』それらしきことが書いてあった。日記的には相当後半に書かれてあり、時間の迫る私は十分に目を通してはいない。
『五百年後の自分の誕生日に隕石が落ちる』とあったはず。だが、それはいつを指し示すのか。年単位の差もあるだろうと、気にも止めていなかった。
例え正確には四百九十年であったとしても、伝承的には五百年の方が決まりがいいし、伝える側もしかりだ。
従者の一人が私の方へ振り返り、肉付きのいい丸い顔を見せ、にっこりと笑った。
「お嬢様。バーンズ侯爵領へ入りましたよ。城まではこの小麦畑の道を抜けていきますから」
「うわぁ~。小麦畑って、随分と広かったのね」
感嘆の声が漏れたもの、それと同時に、作業を甘く見ていたことを内省する。
見渡す限り広がる畑の小麦を、たった数日で全て刈り取れるのだろうかと、遠い目になった。
今更過ぎる疑問。収穫は毎年あるのに、いつもはどうしているのか。この期に及んで何も知らない。
まあ、こういう時は、知ったかぶりをせずに聞くしかない。
「ねぇ、お兄様が領地へこの時期に来ているのって、どうしてなの?」
前の座席に座る二人へ声を掛けた。
一人はお父様くらいの年頃の、陽気なおじさんのゲビン。さっきの肉付きのいいおじさんだ。
そして、もう一人は二十八歳の穏やかな青年のピート。こんな風に問い掛ければ、決まって答えるのは、陽気なおじさんゲビンである。
「セドリック様が収穫の日を判断なさっているんです。収穫日を決めれば、領民内の有志が集まって麦を一斉に刈るんですよ。毎年、花の祭典からちょうど一週間後には、セドリック様は領地に入りますからね。その時期、領民は声がかかればいつでも動けるように準備していますよ。全く以って凄いもんです」
感心した口調で話せば、そのまま雲を見上げている。
道中、どうしようかと悩み込んでいた私にとっては、朗報でしかない話が浮上した。こんなことならモヤモヤ悩んでいないで、もっと早く聞けばよかった。
どうやら、領民たちへ呼びかける事さえできれば、バーンズ侯爵領の小麦は、一日で刈れるらしいのだ。そう、たったの一日で私の目標は完遂できる。
お父様とお兄様が作り上げた領民同士の収穫システム。以前はなかったはずだが、いつの間にか構築されていたのだから。
全く知らなかったが、貴族社会では、領地経営に女が口を出さないのは常識で、我が家もご多分に漏れずなわけだ。
「それは、またどうしてかしら」
「詳しくは分かりません。ですが、どうやらセドリック様は雨が降るのが分かるらしいのですよ。ほら、雲を見たり、植物を見たり、鳥やら、虫やらね。私どもにはちっとも理解できません。ですが、どういうわけか小麦を刈り終わってから、天気が荒れるんです」
「嘘……。ねぇ、お兄様が天気を見極めているのって、有名な話だったの?」
「もちろんです。領民全員が目の当たりにしていますからね」
「一日で終えるのは、最適と思った日に一気に刈り取りたいからよね。収穫前後の小麦を雨で濡らさないために」
「そうでしょうね」
ってことは、私がこうして領地まで来なくても、お兄様が花の祭典から七日後に領地へ入れば、台風が来る十日後までには、小麦の収穫を終えたのか。
「うーん」
お兄様に限って、台風が来る直前に一人で逃げ出すことはないわよね、多分。
……乙女ゲームの設定も、お兄様だけ不思議だった。
湊がプレイしていたセドリック・バーンズのルートの最後は、絶対に結ばれない。唯一攻略できないキャラという、乙女心を最大限にくすぐる存在だ。
最後のデートで、『領地へ行くのを引き止めますか?』と出てきて、YESを選択すると強制終了。
NOを選択すると、長々としたシナリオ文章だけが出てきて終了という流れ。
そう。私が知っている、「セドリックが誘拐されて云々……豹変して云々」という、超がっかりのやつがね。
たった一回だけ、それを読んでみたけど、それ以降は読むことはなかった。
それで行き着いた結果が、「花の祭典デートが元凶である」。そう認定した。
花の祭典に到着早々。セドリックが花に付加した魔法を語るシーンがある。そして、「どれがいい?」と問われる。回答は「カーネーション、バラ、ダリア……」と、あらゆる赤い花が用意されている。
もちろん、髪に着ける花を全て試してみたけど、全滅だった。
結局何を選んでも、その日の別れ際に必ず、『領地へ行くのを引き止めますか?』が出てくる。
そうなれば。
花の祭典以前のイベントに、何かあると考えた。
湊の目標はいつしか、「花の祭典デート」が表示されないことに置き換わっていた。
……でも結局。
どうやっても花の祭典に繋がる。
湊は祭りのデートが始まれば、ゲームを強制終了させ続けた。
そんなわけで、お兄様のルートは、大半が途中までしかプレイしていないんだ。
お兄様の不幸の記憶。湊がやり込んだ回数の割に薄かったのは、「そのせいか」と、今更ながら納得する。
「おや! これって、私にとっては、ますます朗報じゃないかしら⁉」
我が家の資金を妬ましく思う誰かが、お兄様の指示で小麦を刈るのを阻止したかったのよ。
うん、そうだ!
だから、お兄様は誘拐されたのよ。
はい、それだ!
お兄様が小麦の収穫日の指示を出すのは有名な話で、むしろ、私とお母様が知らない方が可笑しいくらいの周知の事実。
……どうりでね。
ブライアン様に「台風が来る」と言いながら、兄の名前を出さない私は、信ぴょう性に欠けるわけだ。
そうね。
これだけシステム化していれば、お兄様の指示を待っている領民たちが、勝手に小麦を刈ることはない。
けれど、今年に限っては、お兄様が連れ去られてしまい、指示が来ない。
結果として、小麦の収穫時期を逃してしまう。予定だった。
よりによって、今年は台風が来る。
おほほほっ。なーんだ完璧じゃない、私の推理。
となれば、私がここにいても、何の役に立たないアリアナに火の粉は降ってこないとみる。
台風の直前に何が起きるのか。内心冷や冷やものだったけど。セーフ、そうセーフよ!
悪役令嬢というレッテル。
周囲からみれば、迷惑を与えるだけの、ノーマークの存在。その私がこそこそ領地を動き回っても、誰にも注目されない。
これなら、小麦を刈り終えるまでスムーズにことが運ぶ。
悪役令嬢。
まさに万歳ってわけだ。
「お嬢様、百面相をなさってどうされましたか?」
私の様子に首を傾げるゲビンへ、ははっと、乾いた笑いを返しておく。
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