1-43彼との関係に、はしゃぐ姿②~rewriting~
ふぅっと一息つき、緊張を吐き出した私は、無理やり笑顔を作り、お父様の部屋の扉を開けた。
「お父様っ! 見てください。ブライアン様、いえクロフォード公爵様が、私の髪をこんな素敵に飾ってくれたのよ」
その言葉を聞いたお父様が私に駆け寄ると、両肩に手を置き、喜びいっぱいの笑顔を浮かべた。
そして何やら、首を伸ばし扉の外を窺っている。
期待しているのに、ゴメンお父様。
あなたの娘は彼と酷い喧嘩別れをして、すっかり嫌われたとは隠すしかない。取りあえず、お父様の気が済むまで放っておく。
でも、結果は分かり切ったことで、そわそわと落ち着かない父が、公爵様の訪問を、しばらく待ってみたところで意味はない。
……靴音の鳴らない廊下は、シーンと静まり返ったまま。
それに気づいたお父様は、私に目を向けた。
「良かったなアリアナ。あの馬鹿男と違ってクロフォード公爵様なら間違いはない。公爵様はどうした? 一緒ではないのか?」
「それがァっ! 大変ですお父様。祭りの途中で、早く小麦を収穫しないと危険だと伝令が届いて、急遽、公爵様が屋敷に戻られました。それで、我が家の領地も大至急収穫すべしと言伝を預かっています」
緊張のあまり、声が裏返ってしまったが気にせず続けた。
「クロフォード公爵様がそのように仰ったというのか? 小麦の収穫を早めるって? どういった理由だ?」
首を傾げるお父様は、娘の話を全く信用しておらず、話を切られる気がしてならない。夜まで帰ってこない、「お兄様を待つ」と。それは言わせてなるものか。
「っさあ? 私にはよく分からなかったわ。だけどお父様、私が今から直ぐに領地へ行って小麦を収穫するように伝えて回るわ。だから、お父様の名前で文書を書いてください」
「いや、待て。そんな大事なことを娘に言付けるって、あのクロフォード様がするか……。それは本当なのか?」
「本当ですってば」
「いいや、腑に落ちん。この屋敷の前まで来たのに、公爵様がどうして私に直接言ってこないのだ」
「クロフォード公爵様も、ご自分の領地のことでお忙しく、直ぐに動きだしたからですわ」
吐く息を荒くした私は、お父様の目を真っ直ぐに見つめ、決死の覚悟で言い切った。
私だって、アラサー湊は伊達じゃない。係長の立場で、それなりに場数は踏んできたんだ。これくらいの交渉、ブレずに緊迫の演技の一つ、やってみせる!
「流石騎士団長様ですね、情報が早くて凄いことですわ」
「だがしかし……。そうだとしてもアリアナだけで、領地へ向かわせるわけにはいかないだろう。他の者を使う」
そうなれば、お兄様が出てきてもおかしくない。いや、絶対にそうなる。そもそもそれが駄目だ。ここは絶対に譲れない、負けるな。
「いいえ、お父様。私はブライアン様と、『私が領地へ知らせに行く』とお約束したんですもの。だから、私が行きます」
「だがなぁ……」
私がどんなに畳みかけても、お父様はさえない表情を崩す気配はない。
懐疑的なお父様は、机に向かって手を組んだまま、しばらく考え込んでいる。
「今日、王太子殿下に言われましたわ。堅物のブライアン様を翻弄するのはすごいもんだって。これも恋の駆け引きなんです。彼の気が変わったら、どうしてくれるんですか? そうなったら、もうお父様とは、口を利いてあげないからね」
溺愛されている自覚のある私は、お父様の弱い所を突く。
「いや、それは困る」と言った父は、再び私の髪に視線を向けると、バーンズ侯爵の正式な文書をしたため机の端に置いた。
その無言の行動は、持っていけとは言わないが、「好きにしろ」だと、受け取った。
躊躇う気持ちがないとは言えない。
だけど、どちらにしても、することは一つ。
白い封筒に入った手紙。それを取ろうとして手が震える。
そんな私の不安に気付かれないよう、急いでバッと掴むと、両手で胸に抱え込んだ。
最後まで、お父様の表情は、怪訝に曇ったまま。その父の気持ちが変わる前に、撤収する。
「お父様。帰りは私、ブライアン様と周遊しながら帰ってくる約束なのよ。お兄様は邪魔だから、『絶対に来るな』って伝えておいてくださいませ。私がブライアン様に振られたら、お兄様とお父様のせいですからね」
日頃言い慣れた、私の癇癪じみた願いは、思いのほか違和感なくお父様へ届いたようだ。
何も言い返されずに、お父様の部屋を後にした。
ほぉぅっと、小さく息を吐く。
足が震えて怖かったけど、なんとかやりとげた。
元々のまったり計画。
家を飛び出そうとは思っていたけど、こんなに急に、そのときが来るとは思ってもいなかった。
それに。
クロフォード公爵様の名前を使い、お父様を騙したんだ。
こんな大それたことをして、私はもう、二度と戻って来られるはずもないし、端から、そうする気もない。
後は、急いで領地へ向かう。
あー、そうだった。
次の問題はエリーか。
連れていかないと煩いし、連れていったらどうやって、彼女を撒くか。悩ましいところ。
お兄様を連れ去られるとなれば、危険な人物がバーンズ家に近づいているのだろう。そうなれば尚更、危険な領地へ連れていくより、彼女は残す。
それしかない。
エリーを嵌める罠を思い付いた私は、間に合わせの従者たちと共に、領地へ向かうことに決めた。
私に不審を抱いたブライアン様は、直ぐに、ここへ来ることはない。
何かを察して訪ねてくるのは、台風が過ぎてからだろう。
でも、彼がお父様に会うのは、私が屋敷を去った後だ。
乙女ゲームでの、お兄様の失踪。
台風が来る直前までに、間違いなく領地で何かがある。
だけどまあ、ゲームのお兄様は、三か月後にひょっこり帰ってくるんだから、命に関るわけじゃあるまいし。私一人なら、なんとかなるでしょう。
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