1-42彼との関係に、はしゃぐ姿①~rewriting~
屋敷へ戻るなり、エリーがバタバタと走って出迎えにきた。
私の顔を見た途端、おいおいと大号泣を始める侍女。うるさいなぁと思う私は、苦笑い。だが、それをものともしない彼女の感情の蛇口は、いつだって壊れっぱなしである。
「うっ、うっ。お嬢様ぁ~、なんて素敵なんでしょう。クロフォード公爵様の深い愛情に、私は感動して涙が止まりません。お美しいぃ、お美しいですわっ」
エリーの興奮がいつにも増しておかしいのは一目瞭然で、理由は一つ。
まあこうなれば、私に喜ぶエリーへ、無駄な意地を張る必要は見当たらない。
「も~う、知らなかったわ。エリーはいつの間に、ブライアン様に赤い花の話をしていたのよ」
「それはもちろん。お嬢様へ公爵様のお迎えを、お伝えする前ですわ。『お嬢様が、とびきり華やかな花の装飾を期待していますよ』と、お伝えしたところ、お嬢様の好みを随分熱心に質問されたので、手ほどきいたしました」
「手ほどきぃ?」
エリーが信じられないことをぬけぬけと言い出すものだから、一瞬で私の顔が引きつったのは間違いない。
どこまでも図太い神経の、この侍女は、公爵相手にも我を貫くのかと、開いた口が塞がらずにいる。
その私の様子さえ一向に気にする様子のない侍女は、うっとりと私の髪を見ている。
「さすがクロフォード公爵様ですわ。お嬢様のことが、よく分かっていらっしゃる」
唖然とする反面。そんな風に言われてしまえば、そわそわと落ち着かない。
エントランスに立たされたままの私は、自分の髪がどうなっているのか気になり、一刻も早く自分の部屋に向かいたいところ。
「エリーが喜ぶくらい素敵なのは分かるけど、……実は、自分の髪をまだ見ていないの、だから早く確認したくて」
「そう仰ると思って、持っています!」
得意気な顔の彼女は、エプロンのポケットから取り出した手鏡を、私に、さっと握らせた。
ブライアン様が花売りのお付きの騎士へ籠を返したときには、まだいくつか花が残ったままだった。だとしても、相当に花を着けてもらった自覚はある。
ワクワクとした緊張が高まる中、私は渡された手鏡を覗き込む。その瞬間、ボッと顔が真っ赤になった。
ぁああああ……。
綺麗。
私の髪が、まるで結婚式の花嫁のように美しく飾られているのだ。
花の祭典で、たまに見かける美しい姿。それに憧れはあったものの、毎年、元婚約者が私に挿してくれたのは、一輪のカーネーションだけだった。
……こんな自分は初めて見る。自分の花が愛おしくて、映る手鏡を思わず撫でてしまう。
編み込まれた金髪に、たわわな赤い実と緑の葉もいいアクセントになり、凄く素敵だ。
何度も鏡の角度を変えて、盛られるように着けられた花を確認する。
そして、一つだけ確かなことは、もうこんな姿で祭りに参加することはできない。
だから、ブライアン様との大切な想い出を、しっかりと目に焼き付けておいた。
赤い花は未婚の娘の特権。それも、ジェムガーデンの花は安くない。
半日も持たずにしおれる高価なものを、こんなに贅沢に着けられるのは、そうあることではないから。
しばらく見入っていた私にエリーが問い掛けてきた。
「お嬢様、朝とはまるで別人のような顔をしていますね」
「ふふっ、そうでしょう。エリー聞いて。今日のブライアン様、優しくて、とってもカッコ良かったのよ。イケメンは全速力で走っても、息が上がらないのが分かったわ。もーぅ、キュンキュンし過ぎて死にそうだったのよ。ざまぁに大笑いもしてきたし、すっごく楽しいお祭りだったわ」
高ぶる感情のままに、今日の出来事を話し終えると、エリーがくすくすと笑いだした。
「何を言っているのか、さっぱり分からないくらい興奮されるお嬢様を見るのは初めてです。余程楽しかったんですね」
「そうよ。多分、私の人生で最高の一日だったわ」
「……で、ところでクロフォード公爵様は、まだですか? ご主人様は、今年は随分と早い時間に祭りを切り上げて戻ってきました。お部屋で、公爵様のお越しを、まだかまだかとお待ちですよ」
不思議そうな顔をするエリーが、今朝、ブライアン様から預かった手紙をお父様へ渡しているらしい。
それは知らなかったが、私を連れ出すことへの挨拶文だろう、どうせ。
「そうなの。今日、ブライアン様は忙しくて来られないのよ。私が父に説明してくるわね」
毎年、お父様は、お母様に振り回されるように花の祭典に出掛けている。
そんなお父様がお母様を説得して、早々に帰ってくるほど、来客を期待しているのだ。
ことある度にエリーの報告を受ける父は、相当前のめりの期待を持つ。
でも、お父様には、私の婚約話で浮かれてもらっては困る。
私だって、ブライアン様と……。そりゃぁ、そっちに流されたい。
でも、私にだって譲れないものはある。
台風の被害に遭えば、私を差し出すほど困るであろう、お父様とお母様。
それに、なんといってもお兄様のことが大事だもの。お兄様を領地へ絶対に近づけてはいけない。
口煩いお兄様は、本当に私のことを心配していただけだし、いつも優しくしてくれたのは、痛いくらい知っているから。今度は私が助けてあげたい。
……自分のことだけ考えて、このまま逃げるなんて、できないもの。
だが、一番の問題がある。
私のことをよく知るお父様が「アリアナの言葉」で動かないのは百も承知だ。ブライアン様とはまた違う。
私が「あぁー言えば」、「こうだ!」と被せるように、別の手が次々と出てくるはず。
どう考えてみても、今の私の存在は、領地に無関心なお母様から、淑女教育だけを叩き込まれた箱入りのお嬢様だろう。
ブライアン様が私の言葉を信じて動きだせば、お父様だって従う気がしたけど、あんな突拍子もない話を真に受けてもらうのは、……やっぱり無理だった。
そうなれば……。
申し訳ない気持ちは山々だが、公爵の彼の名前を勝手に借りるしかない。
私は何度も頭の中で台詞を考えながらお父様の部屋の前に到着した。ここに入ったら最後。本当にもう、後戻りはできない。
速まる鼓動が、自分の緊張を実感させる。
だからと言って、いつまでも、ここに立ってはいられない。
時間の惜しい私は、ワンピースのスカートをぎゅっと握って覚悟を決めた。
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