1-38花の祭典⑬~additional~
土下座し続けるシャロンに大衆が集まり、その中に、花売りの横にいた騎士の姿もある。
その騎士へ籠を託すと、祭り会場にいる目的を既に失った。
ブライアン様は、それに気付いたのだろう。私が願うことなく、私たちは騒がしい会場から離れた。
通りが一本違うだけで、人の姿は途端に少なくなる。唯の感じ方の問題だろうが、急に静かな所に来たせいで、寂しいくらい音がないように思う。
それでも何も言わない私を、彼は不安そうに顔を覗き込む。そんな彼へ、恐る恐る問い掛けた。
「あの~、シャロンを見てもブライアン様は何も感じませんか?」
「感じたさ」
きっぱりと言い切る口調。私の心に、急ブレーキがかかる。
「……やはり、そうですか」
「アリアナが誰彼構わず恩情を与えるから、愚か者が付け上がるんだ。友人は選ぶべきだろう」
……あっ。そっち。びっくりさせる言い方は、心臓に悪い。
だが、やはり思っていたとおりだ。ブライアン様は、シャロンを見ても、これっぽっちも揺らいでいない。これならいけるかもしれない。
「じゃあ、これをお渡ししますね」
ずっと胸ポケットに忍ばせていた。私の親指ほどの小さな瓶。それを、彼の手の上に乗せた。
瓶の中には、カラカラに乾いた黄色の花びらが、ぎっしりと詰まっている。
「これは?」
「花びらです」
ブライアン様は「どうして?」と首をかしげる。
「今日のお詫びです。以前いただいた花束のお礼も兼ねて」
実際にそうだ。
ブライアン様が一週間前に持ってきてくれた、ジェムガーデンのダリアである。それに『不吉をもたらすものを、絶やせ』と私が手を加えただけの話。
「詫びって……」
口ごもりながら発すると、私から受け取った小瓶を凝視する。
「本当は、町でお会いしたときに王太子殿下とブライアン様は、弓馬の約束をしていたんじゃないですか? 元婚約者の彼が、ブライアン様は王太子殿下と約束していると思い込んでいたから、そうじゃないかと」
どうせ、元婚約者のことだ。
豆を拾う際、見張りについていた騎士へ上手いことを言って聞き出したんだろう。
「っいや。まあ、あの日、ジェイデンから花の祭典の予定を聞かれ、それとなく頼まれた。だが、『考えておく』と答えただけで、約束をしたわけではない」
「ふふっ。それだと、まさかブライアン様に振られるとは王太子殿下も思ってもいなかったでしょうね。それに、私が建物の管理人へ元婚約者のことを伝えておけば、ブライアン様が戻ってくることもなかったのに。明日、王太子殿下が拗ねて、部屋から出てこなかったら申し訳ないので」
「くく。確かに拗ねるだろうが、それは、アリアナのせいではないから、気にする必要はない」
「……私が拗ねて子どもみたいな真似をすると。いつも、兄が私のために、花が浮かぶお茶を淹れてくれるんです。それが不思議と安心するから……。王太子殿下の元気がないときに、使ってください」
それを聞き、ふっと、笑顔を見せるブライアン様。彼は花びらの入った瓶を、陽にかざしながら恨めし気に話す。
「アリアナに、こんなに気にかけてもらえるジェイデンは狡いな。あいつは結局のところ、言い出しただけで、何もしていないからな」
「ふふっ。ブライアン様は私のパンがあるから、いいじゃないですか。次のデートは、赤豆を買いに行きましょう。ブライアン様に一番初めに食べてもらいたいから」
「本当か! だが豆を買うのは、デートにならないのだろう?」
ぱあっと花が咲いたように喜ぶ彼が、私のために劇場を貸切にしかねない口ぶり。
それ、絶対しなくていいから!
どうみても、世間では、私が傲慢に強請ったと思われる。普通分かるでしょう。デートに煩いアリアナなど、端から実在しないのよ!
とは、さすがに言えず、私は頬笑みながら首を振った。
「いいえ立派なデートですよ。二人で出掛けたら、豆を買いにいくだけでも、きっと楽しいと思うから。それに、着ていく服はもう決めたので、ご期待ください」
今朝、エリーと言い争ったワンピース。次の機会に先送りして良かった気がする。
「……良かった。弓馬にでなかったことで、アリアナに振られてしまえば、あの男を逆恨みするところだった」
「えー、私はすっごく恨んでいますよ。彼のせいでブライアン様の弓馬が見られなかったんですから! こうなったら来年の褒美、王太子殿下は、ブライアン様が出場したくなるものを用意してくれないかしら」
「ジェイデンが用意できて、アニー以上に私の心を動かす褒美か……ないだろうな」
「それじゃぁ、ブライアン様の練習姿を見に行こうかしら」
「アリアナに見られていると思えば、気が散って酷い有り様だろうな。それでもいいなら、いつでも歓迎するけど」
「もう、それだと全然よくないわよ!」
横を歩くブライアン様が、くつくつと笑い。それに釣られるように、張り詰めていた私の緊張も解けた。
彼なら大丈夫だ。きっと信じてくれる。
そう思えるから怖くない。
視界の少し先に、公爵家の一際豪華な馬車が目に入り、ピタリと足を止めた。
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